2009年12月19日

COURRiER Japon(2010.01)

レビュープラス(R+)様、献本ありがとうございます。まず最初はポール・クルーグマンのアメリカ経済に関するオピニオンで始まります。クルーグマン氏は現在のアメリカ政府の経済対策を「景気がよければ、雇用は増える」とするGDP政策の欠点を指摘しつつ、学ぶべきはドイツだとしています。そこで今回の特集は「BERLIN 1989-2009 世界一刺激的な首都 新世紀ベルリン―壁とアートと接吻―」と題して脳科学者茂木健一郎さんがベルリン取材を行い、今や最も刺激的な都市といわれるベルリンに焦点を当てています。再度クルーグマン氏に戻ると、曰く「世界の貿易量が減少したのを受け、GDPは急落。だが、大量の失業者が出るのを見事に回避した」というのだ。ベルリンの壁崩壊後、幾多の混乱はあったが、今やその混乱がアーティストや若者たちを惹きつけているというのです。印象的なのは表紙となっているベルリンの壁に描かれたホーネッカーとブレジネフのキスシーンを描いた「神様、この致命的な愛から生き残れますように」という作品です。このようなアーティストたちの姿が世界の各紙で紹介されている様子は、発展を続けるドイツの熱気というかエネルギーを感じさせます。しかし、統一後のドイツではそれだけにその反対もまたあります。東西の格差、そして台頭する反ユダヤ主義、また東ドイツの共産党政権が行ってきた数々の負の遺産。本誌ではかつてオリンピックの金メダリストたちのドーピングによる後遺症また、統一後バッシングにさらされる元選手たちの様子が紹介されています。

次の特集は「ファッション業界の大いなる誤算」と題してクリスチャン・ラクロワの経営破綻とヴェルサーチの衰退を取り上げています。これら2つの高級ブランドは、昨今のファストファッションの隆盛や不況のあおりをうけ、クリスチャン・ラクロワは破綻、そしてヴェルサーチは日本撤退をはじめ経営難に陥っているといいます。アーティストとしてのクリスチャン・ラクロワとドナテッラ・ヴェルサーチは、今や自分の名を冠するブランドすら失うかもしれないほど危機的状況だといいます。さらに2人に共通するのは、経営との両立が難しいこと。デザイナーとしてアーティストとして安売りできない自負心が、それを阻みまた安売りしたとしてもそれが必ずしも上手くいかない現実が紹介されています。

そして、これはと思う読ませる記事を紹介します一つ目はNYタイムズ記者の“タリバン拘束記”「私は、本当のアフガンを知らなかった」の記事。この記事はこれから3回にわたって書かれるそうですが、記者はタリバンのリーダーに取材に行く途中で盗賊に拘束されるのですが、その盗賊が実は取材相手のタリバンのリーダーであったという、ある意味、どんでん返しの記事です。ですが、幸い生き残った記者がどのようなルートでまた、どのような緊張感の中で生死を彷徨い、またNYタイムズや新婚間もない妻への電話など、最初からぐいぐい読ませる内容です。

次はフランス・インターナショナル・ヘラルド・トリビューン誌の国連訓練調査研究所広島事務所上級顧問のナスリーン・アジミ氏(広島在住)執筆による「日米安保見直し」に関する記事に、興味深い文章がありましたので紹介してみます。

「米国にとってこの条約は、多くある二国間安全保障体制の一つにすぎない。だが、日本にとって、この条約は精神的に深い影響を持つ。国の威信、自尊心、沖縄に対する罪悪感など、無数の問題に関係している。日本が米国の庇護の下にある限り(歴史学者ジョン・ダワーはこの状態を『従属的独立』と呼ぶ)、日本がその経済的地位や平和的姿勢にふさわしいリーダーシップを国際舞台で発揮するのは難しい。これは唯一の被爆国としての道徳的権限があるにもかかわらず核軍縮をめぐる問題でも同様だ。(中略)

だが最も注目すべきなのは、ワシントンで聞かれる不満の声が、世界で最も古い歴史を持つ国の一つである日本と、最も若い国の一つである米国を結ぶ絆の強さを過小評価する傾向にあることだ。痛ましい戦争、広島と長崎への原爆投下、長く侮辱的な占領から立ち直り、自分たちを打ち負かしたかつての敵とこれほど確かな絆を築ける国はそうそうない。この思いを、私は広島で、この上なく強く感じる。ここでは「許そう、しかし忘れない」という精神のもと、市民が核軍縮キャンペーンを行っている。米国人に対する憎悪を耳にすることは、少なくとも公の場ではないといっていい。広島市長の秋葉忠利は2年前、広島の平和計画を推進する財団法人広島平和文化センターの理事長に米国人を任命したほどだ。

とにかく、日米関係を従属的ものだと考えるのは浅はかだ。というのも米国も、目につきにくい形で安全保障上、日本に依存しているからだ。イラクとアフガニスタンに兵をと資金を投入している米国は、欧州の同盟国より、日本の存在を必要としている。私は、共に働いてきた数百人の若いアフガニスタン人が、日本への尊敬の念を表すのを見てきた。彼らは瓦礫のなかから甦った国、グローバル化が進む世界で成功した伝統と文化の国、またそれと同じくらい重要なこととして、特定の宗教に基づいた姿勢や意図を持たない国と見ている。」

総じて今回のCOURRiER Japon誌は、表紙のホーネッカーとブレジネフのキスシーンが表紙になるなど、内容もよりインパクトが強い内容でした。また巻頭は世界のフォトグラファーの写真で2009年を振り返るという特集でしたが、2009年といえば日本の政権交代と同時に初のアフリカ系アメリカ人のオバマ大統領の就任もまた大きな出来事でした。2009年はCOURRiER Japon誌にとっても、米ルーシー財団が主催する国際写真賞「Lucie Awards」に、 本誌編集の写真集『ディス・デイ「希望の一日」』がノミネートされるなど節目であった年であったのかもしれません。来年からのCOURRiER Japon誌もこれまで同様期待したいと思います。

ディス・デイ「希望の一日」

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posted by hermit at 02:19 | Comment(0) | 雑誌
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