○島田紳助「15勝14 敗の人生でいい」と子供達に熱論!
2009年1月22日に放送されたモクスペ「紳助 vs 100人の子供達〜親の知らない仰天世界ドキドキ初体験SP〜」にて子供達へ質問を問い掛けた島田 紳助は子供達の思いがけない回答を受け、熱く人生論を語った。
○ピーター・ドラッカー95歳の詩
経営学の権威、マネジメントを作った男と称され、著書も多く世界中で長く読まれているピーター・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker)が亡くなる95歳の時に書いた詩。
○ばあちゃんと自転車
俺、老人苦手。「おばあちゃんこ」とか「おじいちゃんこ」とかってスゴイ。老人慣れしてるヤツってスゴイ。電車で席も譲れない。話しかけるの怖い。
○昨日、子供が生まれた。
昨日、子供が生まれた。妻の妊娠をはじめて聞いたときには、正直「あと1年くらい(子供ができるのが)遅かったらよかったのに……」と思ったのだ。
○スティーブ・ジョブズの感動スピーチ(翻訳)
ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
○不特定多数に送らないブログ
ずっと考えていました。書いて良いのか悪いのか。ずっとずっと考えていました。私は頭が良くないし、誰もが認める成功者でも偉業を成し遂げたわけでもないし、それにまだ29歳だし。教わることや救われることのほうが圧倒的に多い私が言ってしまっていいのか。
○イチローの気配り
イチローの他者への顧慮というのは日本にいた頃からそうで、そうして、彼はやはりすこし変わった人だからなのか「誰にでも」伝えるという技術は当時は少な くともなかったようで、ファン、それも地元のファンにはよく通じても、そうでない人には通じない発言というのが多かった。もう少し踏み込んでいうと、彼の 顧慮というのには、野球選手としてのというよりは、神戸という街に住んで野球を職業にしているひとりの人間という視点からのものが多々あって、それは野球 中継の中ではときに異様に響いたようにも思う。
○こんにちはこんにちは!!帰化手続き中の在日です!
帰化手続きって超面倒だよ。面倒というより、それぞれの書類の請求にかかる時間が長くて ((2ヶ月〜半年))まちまちな上、役所の都合で大幅に遅れて前回取得した書類がパーになったりして、手数料と時間だけが消えていく。更に帰化は親戚に前科者がいたりするとすんごい難しくなる。どうしようもないクズで親からも勘当され、親戚中からも縁を切られた親戚のクズが最近窃盗を働いたらしく、見通しが辛くなってきて涙目。しかも在日の戸籍って扱いがアバウト過ぎて書類請求する段階になって戸籍になっていた本籍地がなくなっていてサァ大変なんてこともザラ。
○50年生きてみると
・ 生きているもんだという驚愕感がある。
・私は20歳まで生きられないなと思っていた。ティーンエージで自殺してもなんら不思議でもなかった。ただ、50歳まで生きて見ると、そうでもない、いわく言い難いものが自分を守っていたとしか思えないものがあると思うようになった。スピリチュアルになってしまうのもどうかと思うけど、今どれほど生きづらい人でも今気がつかない大きな力のようなものをいつか感じる可能性はあると思う。
○不良芸人日記
私はブログを書く。ブログなんぞいろんなやり方があっていいと思う。芸人の交遊録もいいし、日々食ったもんでもいい。小粋なジョークや当たり障りのない時事ネタもいい。別に他人が何を書こうがいい。私には書く理由がある。
○その夜、彼女は静かに幕を下ろした
「今、好きな人がいて、付き合おうとしてるんだ」と話していた同い年の彼女は、半年ぶりに飲んだ夜に「彼氏と別れたんだ」と告白してきた。「細かく言えば付き合ってはいなかったんだけどね」と笑いながら。そして、今回うまくいかなかったことではっきりと思ったという。「私は恋愛に向いていない」と。同時に、「もう、こういうことはしない」と決心したと。「こういうこと」とは恋愛のことで、30歳間近の彼女にすれば、結婚をしないということにもなる。
○7年経って…
今まで36年生きてきた中で、私はあんまり「後悔」というものはしてこなかったと思っています。後悔するより先に、前に進んでしまうことが多かったんです。ポジティブというよりは、やってしまったことを後悔に変えたくないという意地だったのだろうな、って気がします。そんな私が、ずっと後悔し続けていることがあります。





