2009年01月03日

中国はなぜ「反日」になったか

昨今の世界における中国、とりわけチベット問題は世間の関心をあつめていますが、今回は中国における反日の歴史を取り上げた著書をご紹介します。日本と中国のつながりは、古くは邪馬台国の時代まで遡りますが、様々な人と物が行きかい相互に歴史と文化を発展させてきました。

しかし、近世における列強の中国進出、それによる日本との戦争は両国に深い歴史の傷跡を残しました。現在13億を超える人口は、それだけで世界が注目するマーケットとなり、開放政策による経済発展はもはやアジアの大国とならんかといわれるほどだといわれます。

そんな中国共産党政府が、戦後の日本とりわけ歴史教育問題、歴史教科書問題、靖国問題などかつての敵国としての日本を利用して、中国全土における愛国心と国威発揚を演出してきたかを本書では搶ャ平、江沢民を通して解説しています。

毛沢東、搶ャ平時代の日中関係は、良好とはいえなかったものの、現在のような関係ではありませんでした。しかし、毛や揩フように政治的実績の少なかった江は、求心力を愛国心にもとめました。

愛国心によって中国全土に広がる政治的・経済的不信と不満から注意を逸らそうとしていたのです。そこで現れたのが「反日政策」です。中国国民の日本に対するライバル意識、劣等感、そしてかつての敵国としての鬱積した国民感情を積極的に煽ることとしたのです。

同時に、反日政策が対日外交にも有効なカードとして利用できることを指導部は知っていました。さらに日本の弱腰ともいえる外交姿勢は、内政干渉とも思えることすら許してしまうのです。

さらに中国では歴史教育の一大拠点として南京の「大虐殺殉難同胞記念館」とハルビンの「731細菌部隊罪証陳列館」、そして盧溝橋の「中国人民抗日戦争記念館」などを建設し中国の反日気運を高めようとしました。

また日本の駐米大使が記者会見で「不正確で一方的」と指摘した中国系米国人アイリス・チャンの著書『レイプ・オブ・ナンキン』などによって、欧米諸国に対しても反日的主張の手を緩めなかったのです。

しかし、指導部も予想し得なかったのは、これらの再三にわたる反日外交の結果、日本中に「嫌中感」が広がったことでしょう。実際に、それは対中投資額の減少といったものや、ODAの削減が議論されたことでも明らかです。それは08年5月に胡錦濤国家主席が来日するまで、10年もの間日中両国首脳の相互訪問がなかったことを見れば明らかです。

しかし、著者はこらからの日中両国の関係に対し、明るいきざしがあると示唆しています。新たな国家主席胡錦濤は、いまだに江沢民の影響下にあるともいえど、その対日姿勢は、毛沢東、搶ャ平を受け継ぐように表立った反日的思想は少ないということなのです。

ですが、現に指導部内部には、いまだに強烈な反日思想をもつ有力党員もおり、権力争いに明け暮れる共産党内部では、親日であることは極めて不安定な立場でもあるのです。しかし現指導部は日本に広がる「嫌中感」や、国民の右傾化などによって、今までのように反日を外交カードとしては使えなくなってきたことを察知し、当面党は日本との関係改善に方向を定めています。今回の胡錦濤国家主席の来日はその第1歩としての目的があったようです。

しかし、昨今のチベット問題、ギョーザ問題、ガス田問題など日中の懸案はいまだに解決の見通しがたたず、反日教育で育った中国の若者たちは、熱狂的な愛国心と反日を叫んでいます。

総じて中国の言いなりともいえる対中外交、そして友好よりも利益を重んじる戦略的な中国。両国に広がる互いの嫌悪感。それは、改革開放とはいえ、言論も思想も統制される共産主義という大国は、無為無策であった日本にとっては大きな痛手ともいえるかもしれません。

これから日中間の真の友好が望まれるところですが、友好とは、お互いが対等の立場で何の隔たりもなく意見を述べあえる関係ともいえます。そう考えると、お互いが手をたずさえ東アジアの繁栄を築くという青写真は、現在のところ全く見えないところですが、日本政府は中国に対し毅然とした対応と、隣国としてのはっきりとした発言をしていくべきだと思います。

中国はなぜ「反日」になったか (文春新書)
中国はなぜ「反日」になったか (文春新書)
清水 美和

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2008年11月06日

わが祖国、中国の悲惨な真実

              飛鳥新社  刊

              陳惠運 著

              1,365円(税込)


     〈内容の説明〉
      
      日本のマスコミが絶対書けない
      吐き気を催す腐敗の数々。

      たった1%の人が富を独占し
      13億人の人民は血の涙を流している。

      指導者達が倫理観や道徳心を失った時、
      その国家は存続できるのか?   

     (アマゾン:内容の説明より)

     
     〈感  想〉

      文化大革命後の中国、
      それは搶ャ平の談話から始まった。

      「改革開放を加速せよ」

      「一部の人が先に豊かになれ」

      この言葉を受け中国の躍進が始まった。

      同時に中国全土に“腐敗”と“汚職”が広がり、
      指導者たちの倫理観と道徳心が失われていった。

      中国共産党内部には書記クラスにまで横領と収賄が蔓延し、
      107人の女性と関係を持つ書記まで現れた。

      医療現場では不正によって何十倍にも高騰した薬によって
      治療費を払えぬ市民は見捨てられ、
      幸い治療を受けれたとしても水増し請求により、
      長期間必要な治療は受けられなくなってしまった。

      農村では田畑を二束三文で取り上げられ
      工場の汚染された水と空気によって
      “ガンの村”が出現しているという。

      著者は執筆するにあたって

     「もし、本書を中国で出版したら確実に発売禁止になるだろうし、
      私の身柄も拘束される可能性が高い」と言う。

      読み進めていくうちに、
      日本で問題となっている色々な中国に関する
      出来事の本質が見えてくる気がする。

わが祖国、中国の悲惨な真実
わが祖国、中国の悲惨な真実
陳 惠運

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2008年10月24日

トオサンの桜  散りゆく台湾の中の日本

      《著者紹介》
 
       東京都出身。学習院大学仏文科卒。
       編集者を経て執筆活動へ。
       1970年代から頻繁に訪れている東アジア、
       東南アジアの文化や歴史、日本との関わりに
       興味を持ち、多角的に取材・執筆を続けている。

       00年、「淡々有情 忘れられた日本人の物語」で
       第6回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

       

  《目  次》

       序 章 日本を思い続けるトオサン―「桜」恋しや
       第1章 サクラを植え続けて―異境のサクラ
       第2章 二つの時代を生きて―「桜」から「梅」へ
       第3章 トオサンの心情―「桜」の教えを求めて
       第4章 平和を愛する心―「梅」から「百合」へ
       終 章 未来に咲く花―再びのサクラ
       
      《内容と感想》
  
  「日本にまだサムライはおりますか?」


  こう著者に問うのはトオサンと呼ばれる台湾の人の1人です。
  トオサンとは多桑と書き、日本語の「父さん」という言葉に
  台湾語を当て字した言葉で戦前・戦中日本統治下の台湾で
  皇民化教育をうけた世代のお年寄りのことを指します。


  トオサンたちは、「教育勅語」をそらんじ、
  数々の日本の歌を流暢に歌い、
  日本統治下の公学校で教えられたとする、
  「礼儀」「正直」「勤勉」「人間愛」「清潔」「時間厳守」
  「約束を守る」「犠牲的精神」を頑なに守り続けています。


  戦時中、軍国少年あるいは兵士として
  日本のためにつくしたにもかかわらず、
  戦後台湾にやってきた蒋介石ひきいる国民党の中国人たちは
  トオサンたちの考えを否定するように反日教育をおこないました。


  国民党のために戦うことになったトオサンたちは、
  数万人いたとするなか終戦後も戦地へ転々と送られ、
  帰国できたのは百人前後でした。


  まだ帰国できれば良いほうで、
  帰国すらできないトオサンたちは、
  貧しい生活のなかで誰にも知らずに亡くなっています。


  台湾の人たちは、日本に変わってやってきた国民党のことを、
  口々に「犬が去って豚がきた」と言いました。


  日本による統治時代にも、軍国主義の名のもとで
  多くの弾圧や迫害もありましたが、
  国民党による台湾支配も苛烈を極めました。


  迫害、弾圧はもとより、国の中枢や主だった主要な地位を
  中国人たちが支配し、そこでは不正、汚職、賄賂といった
  腐敗がまかりとおるようになったからです。


  日本統治時代ならまだ、努力すれば日本人には及ばないものの、
  ある程度の地位にはつくことができました。
  しかし国民党のやり方は、台湾の成長とは逆行するものでした。
  

  国民党は、日本でいう憲兵にあたる「特務」を組織し、
  密告などを奨励し思想犯をはじめとする無実の民間人たちを
  弾圧しはじめました。


  白色テロと呼ばれる大弾圧は、もはや国民党が
  台湾の解放者ではないことを知らしめた事件でした。


  多くのトオサンたちも、身に覚えのない罪や金に目をくらんだ
  一部の人間の密告によって、濡れ衣を着せられ、
  拷問などを受け収容所へ入れられました。


  15年以上にわたる監禁から開放されたとしても、
  特務たちはトオサンたちを監視し、職場へ嫌がらせをし、
  無理難題のいいがかりをつけ財産まで没収しようとしたのです。


  そのためトオサンたちは、家族や職を失うことになりました。
  これは民主化によって廃止されるまで続きます。


  それでもトオサンたちは日本への憧れを胸に秘め、
  地道に生きていきました。


  一部の成功したトオサンたちは、日本統治時代に通った
  公学校があったから今の成功があると口を揃えて話します。


  そして現代、トオサンたちは自分の子供たちが
  反日教育などによって、日本への敵愾心を持つことに心を痛め、
  すっかり子供との関わりがうまくできず、
  変わり者扱いなのだといいます。


  「トオサンの桜」とは、統治時代各地に
  日本のシンボルとして植樹された桜の木が、
  国民党政権の反日政策によって、
  次々に伐採されたことに心を痛め民主化された現在、
  再び桜の舞う姿を見たいと、
  地道に植樹を行っているトオサンたちのことです。


  トオサンたちは言います。
  中国などの近隣諸国に槍玉にあげられる日本よ、
  誇りを取り戻せと。土下座外交などして誇りを失ったのかと。


  皇民化教育で育ったトオサンたちは、
  日本への忠誠よりも祖国への郷土愛を強く持ち。
  古きよき日本の武士道精神を重んじ、
  それはまるで日本人より日本人らしい人々でした。


  トオサンたちもよわい70歳をすぎ、
  次々とこの世を去っています。


  反日色に染まる近隣諸国の中で
  台湾だけが唯一の親日国家だといわれています。
  彼らは日本によって祖国を奪われ、国民党によって弾圧され、
  現在は国としてのアイデンティティすら危うい状態です。


  トオサンたちは、今を生きる私たちが失ったものを
  唯一受け継ぐ、最後の「父さん」なのかもしれません。

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本
トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本
平野 久美子

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