2009年10月12日

【第3の思想】リバタリアン宣言@蔵研也

昨日のリバタリアニズム読本に続いてのリバタリアニズム本です。昨日の本はどちらかというとリバタリアニズムの専門書といった内容でしたが、本書は新書ということで読みやすく初心者の方にはこちらがいいかなと思います。

改めてこのリバタリアニズムについて説明と補足をすると、この考えは最小限の政府において最大限の自由を国民に与えるものです。つまりは万民に共通する国防などの安全保障や警察などの機能だけは残し、その他は民間に任せるというものです。著者によるとこの思想というかこの路線は、かつてのサッチャーやレーガンまた中曽根総理が行った国有企業の民営化や規制緩和が一致するといいます。記憶に新しいところでは、小泉純一郎首相の行った郵政民営化と規制緩和もそういう流れだったと書かれています。

分かりやすい考え方としては、同じサービスを公的機関と民間会社のコストで比べてみると民間会社より公的機関のほうがコスト高になってしまうことを改めようとすることです(本書では2倍のコスト)。しかし、小泉改革はその後の日本の福祉から経済まで多大な影響を及ぼしました。それは小泉改革路線が未完成なままで終わってしまったこともあるでしょうが、当時の小泉選挙は郵政選挙などと報じられましたが、実際なぜ国民の多くが小泉自民党に投票したかといえば、国民の意識もしくは無意識のうちに、リバタリアン的な最小の政府像を思い描いていたのかもしれません。もちろん、今問題にされている理由は改革にともなう一時的にせよセーフティーネットを用意していなかったこともあるとは思いますが。

ただ、ひとつリバタリアニズムで懸念されるのは、いわゆる福祉の分野や国民皆保険などです。本書ではそれも民間つまりNPOなど今で言う社会起業などと呼ばれる人たちが担っていくといいます。ただ国民健康保険は民間保険会社に任せるということになるというのです。その場合の運営費用には国からの一定の補助金は出ますが、後は寄付で賄われるということです。

著者の書くリバタリアニズム的考え方からすれば民間企業また会社なら、利益を確保するために公的機関よりもコストや利益を考えなければならず、つまりは市場経済的な中で競争することで選抜され洗練されていくというものです。しかし、現実には日本にはそこまでNPOが育たず寄付や補助金不足で資金難に陥っているものが大多数ですし、中には福祉を収益率だけを目的にコスト削減に走る悪徳福祉施設の問題も指摘されています。これをリバタリアン的に書けばそういうことを取り締まるのはリバタリアニズムで認められた警察だということもありますし、本当に自由主義な社会ならばそういった福祉施設等を監視し格付けする第三者機関もあっていいことになります。

ただ現在国民のなかに今の政府の肥大化や赤字国債の増大による破綻の懸念による最小政府思想が眠っているにせよ、まだまだこの国にリバタリアニズム思想が根付くには時間がかかりそうです。それに現時点での不況はその自由主義というか市場原理主義の中で起こったヘッジファンドをはじめとする過剰な投機熱だったからです。それに日本にはまだ寄付の文化もそこまで根付いていないし、健康保険などにいたってはアメリカの散々たる民間健康保険の現状をみれば問題も残ります。

しかし本書はこう書きます。社会民主主義国のように高福祉高負担の国だと国民の労働意欲が減退し労働組合によって生産性が著しく停滞すると、また右派や全体主義国のような民族主義的国家は言うまでもなく、国民の自由すら制限されてしまうのでリバタリアンには相容れないことになります。また本書の後半ではヨーロッパEUのもっと進んだ国境をまたぐ自由な相互国家像を描いています。

総じてリバタリアニズムまたリバタリアンというものはかなり面白く独創的な思想だなと思います。前回と同じように右派と左派の二極分化(というか二極背反)とは違う第3の思想のようで興味深く読みました。ただ先鋭的なリバタリアンのようなドラッグや未成年売春まで自由にするというような考えにはまったく同意できそうにないですが、アメリカでの穏健なリバタリアン達も多くがそういったものには反対で、常識的な価値観を持つ人たちでしめられているようです。こういった思想には色々とご意見もあるでしょうが、今のままの日本では見通しがきかないのもありますから選択は多いほうにこしたことはありません。ただ右や左でなくこういうものもありますよという意味でたいへん参考になりました。

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posted by hermit at 15:13 | Comment(2) | 政治(本)

2009年10月11日

【25冊】リバタリアニズム読本

私事ですが実は最近ずいぶん興味がある思想があります。本書のタイトルでもありますが、リバタリアニズムという思想で支持者をリバタリアンといいます。リバタリアニズムとは完全な右派でも左派でもなくどちらの思想にも境界を近くする思想。最小限度の政府における最大限に国民の自由を保障する考えです。アメリカでは民主党、共和党に続く第3の野党というのがこのリバタリアニズムのリバタリアン党なのだそうです。

『ウィキペディア(Wikipedia)』によると
『リバタリアニズム(英: libertarianism)は、政治学・経済学等では、他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだとする政治思想のことである。この意味の時は、自由至上主義とも訳される。本項ではこれについて解説します。

哲学、神学、形而上学においては決定論に対して、自由意志と決定論が両立しないことを認めつつ(非両立説 incompatibilism)、非決定論から自由意志の存在を唱える立場を指す。日本語ではカナのままではなく、自由意志論等の形に訳されることのほうが多い。』

このリバタリアニズムにも資本主義的思想を否定しすべての平等を志向する左派リバタリアニズムとその反対の自由市場を志向する右派リバタリアニズム、また政府の存在を認めないアナルコ・キャピタリズム(無政府主義)、そして自然権的リバタリアニズムや帰結的リバタリアニズムなどに分かれます。私の場合は、必要な安全保障と最低限の福祉を保障する最小限の国家政府でいいと思っていますから、古典的リバタリアンと右派リバタリアンのどちらかに近いかもしれません。

さてリバタリアンと一口に語ってもフランス革命時代の古典時代からの歴史がありますから、専門用語などもたくさんあります。そこで本書の前半はその大まかなだいたいの用語を2ページずつほど費やして解説されています。後半では「読本」のタイトル通りリバタリアニズムの思想的根拠となる哲学書また論文等が紹介されています。本書では25冊となっていますが、中にはまだ日本語訳されていないものもあるためamazon等で手に入りそうな書物を中心に紹介したいと思います。

【リバタリアニズムの25冊】

「統治論 」ジョン・ロック

「国富論」〈1〉 アダム・スミス

「人間の権利 」トマス・ペイン

「唯一者とその所有」(上)マックス・シュティルナー

「水源―The Fountainhead」アイン・ランド

「隷属への道 【新装版】フリードリッヒ・ハイエク

「ヒューマン・アクション−人間行為の経済学」ルートヴィッヒ・ミーゼス

「資本主義と自由」ミルトン・フリードマン

「自由の実現に市場を」タネヒル夫妻

「擁護できないものを擁護する」ウォルター・ブロック

「法と立法と自由I 」 新版フリードリッヒ・ハイエク

「自由のためのメカニズム―アナルコ・キャピタリズムへの道案内」ディヴィド・フリードマン

「アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界」ロバート・ノージック

「自由の限界―人間と制度の経済学」ジェイムズ・ブキャナン

「自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系」マリー・ロスバード

「公用収用の理論―公法私法二分論の克服と統合」リチャード・A・エプステイン

「合意による道徳」ディビド・ゴティエ

「人格・権利・道徳共同体」ロレン・ロマスキー

「リバタリアン・アイディア」ジャン・ナーヴソン

「権利論」ヒレル・スタイナー

「国家と神の資本論」竹内靖雄

「財産権の理論」森村進

「国家民営化論―ラディカルな自由社会を構想する」笠井潔

「自由の構造 正義・法の支配」ランディ・バーネット

「不平等なしのリバタリアニズム」マイケル・オーツカ

「国家活動の限界を確定せんがための試論」ヴィルヘルム・フォン・フンボルト

「近代人の自由と比較された古代人の自由について」バンジャマン・コンスタン

「見えるものと見えないもの」フレデリク・バスティア

「社会静学 」ハーバート・スペンサー

「不徳は犯罪にあらず:道徳上の自由の擁護」ライサンダー・スプーナー

他にもリバタリアニズムがヒントになったSF小説「月は無慈悲な夜の女王」ではその近未来の月世界をリバタリアニズムに近いとし、地球との関係についてもそうだとしています。

またここに紹介した書籍らは本書において1冊ずつ4〜5ページの解説がなされています。そこにだいたいのあらましが載ってありますのである程度用語などが分かる方なら理解も可能かと思います。日本はどちらかといえば右派と左派の二極分化が主でしたが、それに属せずまたそのどちらの良い面も取り入れたリバタリアニズム的社会観が注目されるかもしれません。

参考サイト

リバタリアンFAQ

リバタリアニズムと右翼・保守・左翼・リベラルとの違い

日本リバータリアニズム運動

藤森かよこの日本アイン・ランド研究会

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posted by hermit at 15:32 | Comment(0) | 政治(本)

2009年01月10日

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本

「日本にまだサムライはおりますか?」こう著者に問うのはトオサンと呼ばれる台湾の人の1人です。トオサンとは多桑と書き、日本語の「父さん」という言葉に台湾語を当て字した言葉で戦前・戦中日本統治下の台湾で皇民化教育をうけた世代のお年寄りのことを指します。皇民化教育で育ったトオサンたちは、日本への忠誠よりも祖国への郷土愛を強く持ち。古きよき日本の武士道精神を重んじ、それはまるで日本人より日本人らしい人々でした。「トオサンの桜」とは、統治時代各地に日本のシンボルとして植樹された桜の木が、国民党政権の反日政策によって、次々に伐採されたことに心を痛め民主化された現在、再び桜の舞う姿を見たいと、地道に植樹を行っているトオサンたちのことです。

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本
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2009年01月01日

テロルの決算

《著  者》  沢木耕太郎 著          

《出 版 社》  文芸春秋 (ISBN:4-16-720904-7)

      《価  格》  540円(税込)

      《著者紹介》
 
       さわき・こうたろう

       1947年、東京都に生まれる。
       横浜国立大学卒業。
       79年「テロルの決算」で
       大宅壮一ノンフィクション賞、
       81年「一瞬の夏」で新田次朗文学賞、
       85年「バーボン・ストリート」で
       講談社エッセイ賞を受賞。
       著書に「人の砂漠」「深夜特急」など
       
  《目  次》

     序 章  伝説
     第1章  十月の朝
     第2章  天子、剣をとる
     第3章  巡礼の果て
     第4章  死の影
     第5章  彼らが見たもの
     第6章  残された者たち
     第7章  最後の晩餐
     終 章  伝説、再び

右も左も政治のことはわかりませんが、
 確かに「政治の季節」と呼ばれる熱い時代があったことは、
 本当によく伝わりました。


 17歳でありながら、右翼にも左翼にも絶望し、
 己をすて国そして天皇のために自らの命と引き換えに
 浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢(おとや)


 若き無産運動家として、農民そして炭鉱労働者のために立ち上がり、
 戦時中には特高警察に幾度となく凄絶な拷問を受け、
 一時は心を病みながら、不本意にも大政翼賛政治に参加し、
 戦後は安保闘争のさなか社会党の顔として、書記長という立場も省みず
 日本中をくまなく社会主義のために奔走し、
 若手に嘲笑されながらも派閥には組せず、
 中国における躍進する革命運動に夢を抱きながらも、
 志なかばで凶刃に倒れた浅沼稲次郎。


 皮肉にも二人は、その人生において幾度も挫折と苦境を味わい、
 己よりも他人を、目の前の幸せよりも己の理想を追い求めた人生でした。


 著者はあとがきで書いています。

 「確かに浅沼稲次郎は偉大な人物というのではなかったかもしれない、
  しかし、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながらも
  決して歩むことをやめなかった愚直な一生には、
  山口二矢のような明確で直線的な生涯とは異なる、
  人生の深い哀しみいったものが漂っている。


  ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、
  61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた
  17歳のテロリストと、激しく交錯する。
  その一瞬を描ききることさえできれば、と私は思った。」


 政治の季節はは浅沼の死を前後に衰退へと向かい、
 その後社会党は離合集散と迷走を繰り返していきます。


 そして若者の間にはファッションのようにナショナリズムが広がり、
 時代は憲法改正へ動きはじめました。


 右とか左とかそれは個人の心情の問題ですが、
 山口二矢のような、古来からの日本の美徳と文化や
 天下国家以前に家族、友人を敬愛し、
 何より自分の心に正直に振舞える若者はいったいどれくらいいるでしょう。


 浅沼稲次郎のように、他人に笑われても自分の信じる道のためなら
 泥水につかっても信念を押し通し、踏まれても踏まれても起き上がり、
 望まぬ意見であっても相手を尊重する気概をもった大人や政治家が
 いったいどのくらいいるでしょう。


 山口二矢と浅沼稲次郎の人生は現代の我々に
 多くのことを語りかけているようにも思えます。

テロルの決算 (文春文庫)
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沢木 耕太郎

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posted by hermit at 16:59 | Comment(0) | 政治(本)
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