2009年10月28日

【マンガ】どんぐりの家@山本おさむ

「君の作品もいいけど、読者の手紙はもっといいね」と友人が言った。私もその通りだと思った。この作品には、多くの手紙が寄せられ、その数にも驚いたが、手紙に込められた熱情には圧倒される思いがした。私には障害者の問題を世に訴えるという意識はない。逆に漫画を読んでいる間は、圭子ちゃんが障害をもっているということを忘れて欲しいと思っている。『オギャア』と、この世に生まれてきたひとりの人間としての圭子ちゃんを基本に置きたい。このことを前提にしないと、障害者問題も空回りしてしまうような気がする。」
あとがきより

本書は聴覚障害と知的障害等を併せ持って生まれてきた子供たち、いわゆる重症心身障害児と呼ばれる子供たち。その子供と家族の物語です。養護教育が義務教育になる昭和54年までこれら子供たちには就学猶予・免除という制度によって、子供たちにも手話や指文字などのコミュニケーション方法が学べず子供たちも家族も大変な苦痛を与えられました。

物語は圭子ちゃんが生まれた時からはじまります。生まれて間もなくも泣かない赤ちゃん、幼子が成長するにつれて声が聞こえていないという事実、さらに4歳児程度の知的障害をもつという診断。目を離すと家を飛び出し徘徊する。排便が自分でできない。読み書きや両親とコミュニケーションが取れないために、暴れ奇声を発する。やがてこれらの行動は圭子ちゃんなりの両親への訴えであることが分かりますが、両親は心中を考えるほど追い詰められます。同様の子供を持つ両親たちは深刻な孤独感と苦悩を味わっていました。ほとんどの両親たちはわが子の将来を案じ、「この子より1日あとまで長生きしたい」と願うほどです。

本書の場合圭子ちゃんは養護学校に入学する設定ですが、就学猶予が家族たちの活動によって撤廃されるのは昭和54年まで続きます。圭子ちゃんとその家族は養護学校という場において初めて同様の障害児を持つことで苦悩する家族たちと出会い、圭子ちゃんもまた同じ障害を持った仲間たちと出会うのです。養護学校は普通学級とは違い、言葉や文字があるということから教えなければなりません。圭子ちゃんも最初は戸惑い混乱し在る時は泣き叫び暴れることもあります。しかし、養護教諭たちは慎重に時間をかけて言葉や文字を少しずつ教えていきます。養護教室では圭子ちゃんより重い障害を持った子供たちも多く在籍していました。同様にそんな子供の親は圭子ちゃんの両親よりも深く苦悩し絶望に近い思いを抱いていたのです。

養護教室では突然皆が暴れだし喧嘩が始まる時も度々あり、心を閉ざした子供たちも多くいました。教師たちはそんな子供たちのために普通の教員以上の努力と心遣いで、子供たちの心を開くことに苦心します。漫画では様々なエピソードが紹介されます。その中のひとつ聴覚障害の少年のエピソードでは、少年の独白が描かれています。

「あれは……小低部の3年の時だった…
 学校の帰り道に大きな雪が降り出したんだ。
 とてもきれいだった。
 僕はなんだか嬉しくなって、急いで家に帰った。
 そして二階で縫いものをしていたお母さんのところに駆けてって、
 言ったんだ。
 『お母さん雪だよ!!』 『雪が降ってるよ!!』

 お母さんは少し笑って立って行って窓をあけ…
 『ああ…ほんとだ、全然気付かなかった』って言った。
 そして、眩しそうに目を細めた。

 その時…なぜか腹の底から、へんな怒りがこみあげてきた…
 『音』ってなんだろう。どんなものだろう。
 目には見えない…そして僕は聴くことはできないけれど、
 僕のまわりには『音』というものがあるらしい。
 だから僕は学んだ…
 絵本や教科書や漫画から僕は必死で『音』を学んだ。
 風は『ひゅうひゅう』笑い声は『あはは』『けらけら』『くすくす』
 雨は『ざあざあ』『しとしと』。
 ドアは『パタン』。電話は『リリリ』。
 
 けれど…僕は『音』の事を学べば学ぶほど不安になった。
 そして淋しくなり悔しくなった。
 世界中にあふれる色んな『音』を
 僕は…死ぬまで聴く事はできないんだ。
 お母さんやお父さんの『声』も…
 風や雨の『音』も…
 
 『どうして…お母さん、どうして気付かなかったの!?』
 『耳が聴こえるくせになぜ分からないの!?』
 『本に書いてあったよ、「しんしんと雪が降る」って…』
 『窓を閉めてても分かるはずだ!!』
 『雪の降る音が…しんしんっていう音が聴こえるはずだ!!』

 今考えると笑い話みたいだけど…本当に怒ったんだ。
 お母さんは健聴者のくせに!!って思ったんだ。
 そしたら……お母さんの顔がくしゃくしゃになって……
 目から涙が、ポロポロこぼれた…
 そして…僕を抱きしめていつまでも泣いてた。

 あの時……お母さんの肩ごしに見た雪を、
 僕は、一生忘れないよ。
 『しんしん』と降ってた雪を…僕は忘れない。」

そして養護教諭はこう言う。
「できないということは恥ずかしい事かい?
 できない事の多い人間はダメな人間なのか?
 でも、重複クラスの子供達は努力してるんだよ。
 自分の力に合った精一杯の努力をしている。

 できた結果を比べて優劣をつけるんじゃないんだよ。
 その結果を得るためになされた努力が大切なんだ。
 だから寝返りをできるようになることも……
 車椅子につかまって歩ける事も……

 みんな、みんな同じように素晴しい事なんだよ。
 障害を恥じたり、隠したりしないで、
 自分のありのままの姿で生きるんだ!!
 
(中略)
人前を怖がって泣き出す子もいれば…
ニコニコと嬉しそうな子もいる。
重い障害を持つ子供たち、
この子達にはできる事は少なく、
できない事の方が多い。
でも、きっと……この子達も……
誰よりも深く知っている。
数少ない『できる事』の大切さ……素晴しさを。」

本書には数々のこういったエピソードが一つ一つ丹念に描かれています。重複障害児はまた重複障害者は決して不幸ではありません。笑い喜びまたそれを人と共有することだってできます。その家族もこの子供たちの笑顔に何度も救われ、ひとつずつ「できる事」が増えるたびにさらに救われた気持ちになります。社会はそんな人たちにとても冷たい現実もあり、昭和51年当時を背景とした本書から33年たった今もそう変わりはありません。

主人公圭子ちゃんとその家族は実在の家族をモデルにしたものです。本書は圭子ちゃんと家族を中心にした物語として養護学校を卒業するまでを描いたものですが、その反響により続編が作られており、ご存知の方もいらっしゃると思いますがどんぐりの家も実在し、現在は名前を変え移設されたようです。

続編ではその重症心身障害者の家族と養護教諭が連携して立ち上がり通所施設どんぐりの家を作り上げるまでの家族の成長と困難また子供たちのエピソードも交え描かれています。
当時はこういった通所作業所は少なく、養護学校を卒業した子供たちには受け入れ先もなく、ほぼ引きこもりとなりの状態となり家族も同様に養護学校以前の悲惨な生活と孤独感に苛まれることが大半だったといいます。本書ではこうした受け入れ先のない卒業生が、親の亡き後ホームレス化していたケースも紹介されています。

現在ではこうした施設は各地に点在するようになりました。それはこうした当時の家族たちや養護教諭たちの努力の賜物です。国や地方自治体の援助もなく、手弁当で街頭に立ち他の障害を持つ団体と連携しながら一つひとつ施設を作り制度を変えてきました。

この作品は学校の副読本などに使われるということですから、わりとご存知の方も多いかもしれません。ですが、私はこの作品と出会うまで重症心身障害また養護学校がどんなものかということを知らないでいました。それに考えてみると街でこうした障害をもつ方々を見かけたこともありません。さらにメディアでもこうした人たちのことは取り上げないことが多いように感じます。

著者もあとがきに書いている通り、障害者を漫画で描くというのは自主規制ということで難しいのではないかと思っていたそうです。それだけこうした障害者の問題は社会の中でも触れられない暗黙の了解となっていたように思います。

この本当の結末は物語の結末のようにどんぐりの家という居場所ができたことだけではありません。本当の結末はこれらの人たちが普通に受け入れられる社会へ変えることが大切なのではないでしょうか。健常者と同様にいくらかの手助けを受けてでも普通に暮らし、一般の人と共に生活し、それが普通である社会のほうが今よりずっと健全な社会だと思います。

きっと現在でもこの漫画だけでは分からない深刻な苦悩や絶望を持った重症心身障害児を持つご家族もいらっしゃると思います。そんな苦悩を共有しあえる社会となることが、本当の社会のあり方ではないかと思います。ですがまずは知ること。こうした人たちが現にこの国そして世界中にいることを知らなければなりません。恐らく近くの図書館に行けば本書が全巻置いてあるでしょう。まずは本書を手に取り知ることからがスタートです。そしてこの人たちが不幸ではなく、我々の社会がいかに不幸なものかを知ることが大切だと思います。

どんぐりの家ホームページ




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2009年01月05日

ニッポン貧困最前線 ケースワーカーと呼ばれる人々

生活保護について福祉事務所のケースワーカーの視点で書かれた本です。ある福祉事務所の日常・筑豊の失業者・暴力団員の不正受給・アルコール依存症患者とのかかわり・戦後の生活保護行政の歴史など。

中でも札幌母親餓死事件については多くの批判が福祉事務所やケースワーカーに向けられましたが、無くなった母親の交友関係、中でもある女性に焦点が当てられています。自ら母親の代わりに生活保護を申請し、亡くなった後も母親の代わりに福祉事務所を告発し続けた女性の事です。女性は全ての責任は福祉事務所にあると新聞、マスコミに訴え続けましたが、この女性の表の顔と裏の顔というのがこの問題のキーとなっています。

ケースワーカーがいかに人々の生活に密着していなければならないのか、知られざる苦悩、人々とのかかわりで見えてきた喜びなどワーカーを目指す人もそうでない人も一見の価値ありです

ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々 (文春文庫)
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セックスボランティア

障害者の性というタブーについて書かれています。私自身この本を読むのには勇気がいりました。ずいぶん昔になりますが、私はある地方病院の精神科へ入院した事があります。そこには精神病患者の他にも知的障害者の方々もおられました。

障害者の性なんてその頃は全然語られないタブーとされていた時代です。ある女性患者さんを思い出します。その患者さんは性の介助どころか、不妊手術を受けさせられていました。たぶん本人も分かっていなかったのでしょう。

この本には色々な人々が登場します。酸素ボンベを外してまで風俗へ通う年老いた障害者。ボランティアで性の介助を行っている人。障害者専門の風俗店で働く女子大生。ホストクラブの男性に本気で愛を求める障害者の女性。

先進的なヨーロッパでさえ賛否両論があるのだそうです。この本が障害者の性について語られるきっかけの1つになればと思います。またその影で多くの障害者が優生学の名のもとに多くの犠牲を払っている事も忘れてはいけないと思いました。

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私は障害者向けのデリヘル嬢

最近障害者の性に対してわずかですが関心が高まってきたと思います。しかし著者はボランティアではなく、プロのデリヘル嬢です。障害者といえどきちんとお金をもらい、お客に満足していただくのがプロの仕事です。

彼女を取り巻く環境はまだ試行錯誤の状態です。そんな中でも著者はプロとしてお客様を満足させるためにまさに全身でぶつかっていきます。色んな障害者たちとの出会いで著者は障害を持つ人たちの孤独やさびしさ、世の中がいかに障害者に対して暮らしにくい社会なのかを実感していきます。

障害者のお客に奉仕する場面など赤裸々に書かれていますが、そんなにいやらしい印象は感じませんでした。むしろどんな要求にでも頑張ってこたえてしまう著者に感心しました。

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2008年11月15日

累犯障害者 獄の中の不条理

      《著   者》  山本譲司

      《出 版 社》  新潮社 (ISBN:4-10-302931-5)

      《価   格》  1,470円(税込)


     〈内容の説明〉
      
      「これまで生きてきた中で、ここが一番暮らしやすかった……」

      逮捕された元国会議員の著者は、
      刑務所でそうつぶやく障害者の姿に衝撃を受けた。

      獄中での経験を胸に、
      「障害者が起こした事件」の現場を訪ね歩く著者は、

      「ろうあ者だけの暴力団」

      「親子で売春婦の知的障害者」など、

      驚くべき現実を次々とあぶり出す。

      行政もマスコミも目を瞑る
      「社会の闇」を描いた衝撃のノンフィクション。


      〈読んで考えたこと〉

      まず犯罪を犯した人間が、
      障害者であっても罪は罪であり、
      等しく裁かれなければならないという
      前提で読まなければなりません。

      しかし、触法障害者が健常者と同じ刑務所で
      同じ矯正教育を受けなければならないという
      現在の刑法には疑問を感じます。

      それといかに多くの障害者たちが
      福祉の受け皿からこぼれ落ち、
      衣食住すら満たされない現状は、
      国の怠慢であり、
      現場の福祉行政特有の”体質“を強く感じます。

      ある障害者は刑務所生活について、
      「これまで生きてきたなかで、ここが一番暮らしやすかった」と
      話しています。

      2004年の出所者総数29,553名のうち、
      社会福祉施設が受け入れた出所者はわずか24名という現実。
      
      出所した彼らが待ち受けるのは、
      
      「路上生活者」または

      「ヤクザの三下」

      「精神科閉鎖病棟への入院」

      そして「自殺」。

      それが嫌なら再び罪を犯し刑務所へ戻る。

      それは我々や社会そのものが目を背けてきた
      社会の一面であるのでしょう。

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2008年10月23日

福祉を変える経営 障害者の月給一万円からの脱出

      《著者紹介》
 
       小倉昌男

       1924年東京生まれ。47年東京大学経済学部卒。
       48年、父康臣の経営する大和運輸に入社。
       71年社長、87年会長に就任。
       「クロネコヤマトの宅急便」の開発で当時の
       運輸省や郵政省と闘った経験から、積極的な
       「規制撤廃」の実行者として知られる。
       93年、保有していたヤマト運輸の株式300万株のうち
       200万株(当時の時価総額24億円相当)を投じ、
       ヤマト福祉財団を設立。95年、会長退任後は、 
       財団の理事長職に専念し、無報酬で障害者の
       自立支援にあたっていた。

  《目  次》

       第1章 障害者の自立を目指そう!私の福祉革命

       第2章 福祉を変える経済学

       第3章 福祉を変える経営学

       第4章 先進共同作業所の経営に学ぼう

      《内容と感想》
  
  知っていますか?障害者の賃金が月給1万円に満たないことを。
  多くの作業所や授産施設では当たり前になっている現実です。
  ほとんどの作業所では、中小企業の下請けとして、
  ひとつ5銭(0.5円)などの単価で単純作業を行っています。


  他にも、木材店からもらってきた木片を加工して小物を作ったり、
  縫製工場からもらってきた布の切れ端で雑巾を作ったり、
  廃油にカセイソーダを混ぜて作った石鹸を売ることを収益にしています。


  販売にしても、作ったものをバザーで売り、
  家族や福祉関係者に買ってもらうなど
  一般の販路に乗せられるまでにはいたっていません。


  長らく福祉の世界では「福祉は金儲けではない」といわれています。
  これらは、作業所の役割が、働いて賃金を得る仕事場ではなく、
  日中介護のできない家族にかわり、障害をもつ人を預かってくれる施設
  という考え方が大きいからでした。


  また福祉の関係者の中には、ボランティアとか奉仕などという考えが
  いまだに強く、金儲けという行為をあまり良く思わないむきもあります。


  また作業所というもの自体が、
  社会福祉法人として国の認可を得ているものから、
  無認可のところまであります。認可されるためには、
  決められた大きさの土地と、職員と入所者の数などが決められており、
  都市部では障害をもつ子供の家族が設立しようにも、
  お金も人員も足りなく認可を受けられない状況があります。


  社会福祉法人として認可を受けるには、それ相応の資金が必要です。
  少し裏事情を書くと、認可さえ受けることができれば、
  いろんな免除を受けることができるし、
  施設の建設費用や施設の機具や車両に至るまで、
  補助されるか申請すれば無料でもらうことができます。


  うがった見方をすれば、お金を遊ばせていて
  勲章のひとつも欲しい資産家などが、
  誰も住まないような山間部に広大な土地を買います。
  そこで必要な申請を行えば、免除や補助金のおかげで
  大半の元手は戻ってきます。


  さらに、施設にかかる費用もそのつど申請すれば、
  ほとんどお金はかかりません。
  このような施設は、努力しなくてもお金は必要ないのですから、
  現状に満足してしまい入所者の賃金など気にしません。


  しかし、お金も人員も足りない無認可の施設となると、
  維持費だけでもばかになりません。
  施設に関する費用はほとんど持ち出しか、
  なんとか入所者に賃金をあげるのが精一杯です。


  売上げを上げたいと思っていても、福祉の知識だけで、
  経営に関する知識はゼロです。
  ですが、何とか少しでも収入に結びつけようとして
  たどりついたのが、となりの施設でやっていた、
  雑巾作りや石鹸作りです。


  この本の著者はヤマト運輸の社長となり、
  国との激しい交渉のすえ宅急便を勝ち取ったヤマト運輸元社長、
  故・小倉昌男さんです。


  著者は「障害者の雇用促進等に関する法律」で定められた、
  企業が常用労働者の1.8%にあたる人数の障害者を
  雇用しなければならないとする法律が、
  ほとんど守られていないことに愕然とします。


  この法律には重い罰則規定がなく、
  従業員300人を超える企業が雇用率を守らない場合は、
  不足人数1人につき月額5万円を納めなければならないとする
  法律を利用することで、多くの企業は障害者を雇用することより、
  お金で済ますことを選んでいるのです。


  同時に冒頭で紹介したとおりの作業所の現実を目の当たりにし、
  障害者の月給1万円という現実にも驚きます。
  「福祉は金儲けではない」とした考え方にも疑問を覚えます。
  作業所の運営の苦労を知った上で極論を言うとすれば、
  これでは月給1万円で障害者から搾取していると
  思われてもしかたがないのではないかとも言います。
  それに障害者自身も働く意欲が確かにありません。


  作業所で黙々と陶芸や絵画をして過ごす障害者を見て
  著者の思うことは、


  「働く喜びを感じてほしい。
   自分が正当に働いて得た給料をもらう喜びを知ってほしい。
   陶芸や絵画の趣味をするならば、労働の余暇としてするほうが、
   断然楽しいはずだ。働いた給与で自分の好きなことができる。
   それこそが自立でありノーマライゼーションではないのか」と。


  そこで著者は「障害者の月給1万円からの脱出」という目標を掲げます。


  著者は自身の福祉財団で、作業所の運営者を集め
  経営についてのセミナーを行っています。
  交通費・宿泊料無料というそのセミナーでは、
  会計からマーケティングそして商品開発まで
  経営に関する一通りのことと、
  具体的なプランとしてパン屋さんやカフェ、木炭事業などを
  交えながら丁寧に教えるといった内容で、
  この本でも紹介されている経営の基本は福祉関係者のみならず
  小売業について学びたい人なら参考になることばかりです。


  セミナーに集まった運営者のほとんどが、
  貸借対照表などつけたことがなくどんぶり勘定が多いなか、
  運営者たちは福祉であっても“お金を稼ぐ”という考え方に、
  多くの示唆を受け、現在では定員が足りないほど
  セミナー希望者がいるそうです。


  まず基本として、人がやっていることを同じにやっても
  ダメだということ。
  都市と地方の特性を見極め、消費者のニーズを知り、
  量より質で勝負する。そのためには、既存のものだけでなく、
  インターネットや優れた流通経路を使い
  コストを削減につとめることも必要だといいます。


  著者は言います。月給1万円をいきなり10万円にするのは無理です。
  しかし1万円を2万円に。2万から3万円。3万から5万円。
  5万から・・・・。というように、
  作業所の身の丈にあった身近な目標からはじめることが大切ですと。


  セミナーを開催するにあたって、福祉関係者たちが
  口にする言葉があります。
  それは「福祉的就労」「福祉的経済」という言葉です。
  障害の程度によって、できることをできる時間だけ行い、
  それに見合うだけの賃金を得ることです。


  つまり、簡単な作業を1日数時間だけ行い、
  その分低賃金でもかまわないという考え方です。


  ここでも著者は言います。
  「『福祉的就労』『福祉的経済』というものは、
    この世には存在しない」日本という国は市場経済でなりたっており、
  消費者は欲しいものを買い、企業が消費者の買いたいと
  思うものを売ることで経済が成り立っていると、
  簡単な作業を好きな時間だけしかしないような経済のしくみは
  ありえないということです。


  この取り組みは、まず福祉というものの考え方から
  変えなければならないかもしれません。
  現在でも月給1万円とう現状は
  それほど変わっているとはいえないからです。


  最後に作業所でありながら、いち早く月給1万円から脱出している
  運営者の言葉を紹介したいと思います。


  「福祉に携わる人はよく、『福祉は金儲けではない』と言います。
   しかし生活のためなら所得保障しかありません。
   もちろん障害者に健常者と同じ作業をさせれば
   生産性が劣るかもしれませんが、
   それは仕事ができないということではありません。
   障害が重い人ほどお金が必要なのであり、
   それだけにやりがいのある仕事をつくり出さなければならないのです。
   やりがいのある仕事とは、儲かる仕事です」


  そして

  「人はやりがいのある仕事がしたいのです。
   大好きな人から認めてもらいたい、そして自立したいのです。
   一見、人に頼っているように見える障害者たちも、
   心の底では同じ思いを抱いているのです」


  障害者自立支援法によって、障害者の働く環境は
  ますます厳しくなっています。
  福祉の世界では「福祉は金儲け」ではないとする考え方があるにしても、
  現実に国は福祉を市場原理の中に組み込もうとしています。
  つまり、これからますます作業所は競争のなかに
  晒されることになるということです。


  「福祉的就労」「福祉的経済」は悪い考えではないと思います。
  しかし、現実では否応なく作業所は経営努力を
  求められるようになりました。
  しかし、作業所だけが悪いというわけでもありません。
  前述した企業による障害者の雇用が、ほとんど進んでいないため、
  そのしわ寄せが作業所にも及んでいると見ることもできます。


  国は福祉予算の削減の名のもとに、なんの準備もないまま
  自立支援法を施行した責任は大きいかもしれませんが、
  法律が施行された以上、それに対処しなければなりません。


  作業所の運営は、それこそ大変だとは思われますが、
  実際問題として売上げをあげられない作業所は淘汰される
  という現実があります。


  実際に多くの障害者たちが、働きなれた職場を離れています。
  今、多くの作業所は「障害者の月給1万円の脱出」と同じく、
  作業所自体を守るため利益を上げなければならないという
  状況に迫られています。

福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出
福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出
小倉 昌男

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