2009年12月07日

盲導犬チャンピイ−日本で最初にヒトの眼になった犬

今から50年前、当時まだ敗戦の後遺症は至るところに残っていました。相変わらずの食料不足、貧しい生活、駅の周辺では、アコーディオンやハーモニカを演奏して、通行人から献金を乞う傷痍軍人が、白衣を身につけて立っていました。

そんな時代。犬の訓練士塩屋賢一が日本最初の盲導犬チャンピイを育て、幾多の困難の中、今日の盲導犬普及の父と呼ばれるに至ったかという内容です。元々塩屋はアマチュアの犬の訓練士で、犬のしつけや訓練などで数々の受賞歴を誇っていました。しかし、塩屋は物足りなさを感じます。一時期お金持ちから犬を預かりしつけを訓練してまたその次と、そんな生活に物足りなさを。じっくりと犬と関わりたい、意義のある一生を通して付き合える犬の訓練士となりたい。そう思っていました。

きっかけは、慣れない道を転倒しながら白杖で歩く中学生だったといいます。そこで以前写真だけしか見たことがなかったドイツの盲導犬のことを思い出します。塩屋はそこに自分の意義を見出します。文献を調べ手探りで訓練を始めます。基本的なしつけから、塩屋自身が眼を隠し道路を歩く訓練の日々でした。最初こそ人は塩屋を変わり者と見ていましたが、日々盲導犬として訓練がなされていくにつれて人々も暖かく見守ってくれるようになったとか。

最初の盲導犬を育てるのは全盲の河相青年の愛犬チャンピイが塩屋のもとへ訪れてからです。チャンピイは2つの欠点があるシェパードでした。好戦的なところと脱走癖があるところです。しかし、塩屋は熱心に決して怒らずに辛抱強くチャンピイと接します。

「夜、和子はチャンピイへ話しかける塩屋の声を何度も聞いたことがあった。昼間行った訓練の項目で、よく覚えられないものがあったとき、塩屋はチャンピイにはなしかけながら『やってごらん』と言ってみたり、『よし!グッド。やればできるじゃないか、その調子!』と褒めてみたり。和子は『まるで子供をしつけているみたい』とあきれながらも、塩屋が常々、『人の子供も犬の育て方も、基本は同じ』といっているのを思い出した。『人間の子供をしつけるときも、大声で怒鳴ったり、ビンタやゲンコツで殴ったら、かえって悪い癖は直らない。何故悪いのか、悪いことをしないようにするにはどうしたらいいか、よく話して聞かせて諭してやる教えが一番だと思うんだよ』」

しかし、妻和子は必死で家計を支える状態だったといいます。特に犬の訓練をチャンピイなどの盲導犬専門だけになったため安定的な収入がなく、借金の当てもなく、自らの着物を質に入れるほどだったといいます。

また塩屋は盲導犬を育成するには人犬一体でなければならないとして、チャンピイだけは家の中で寝食を共にしたといいます。おかげで部屋は傷だらけとなり、幼い子供はぶつけて怪我をします。それでも和子はチャンピイと塩屋のために尽くしていました。

月日がたち他所の犬から吠えられても動じず、食堂や商店の匂いに立ち止まることもなくなり、もちろん道路も指示通り行き、車などもかわすようになります。最初は目隠しのせいで傷だらけになっていた塩屋の訓練も河相さんとのものになり終盤にさしかかっていました。最後の訓練それは「不服従の訓練」です。もし指示に従って車の前に飛び出してしまった場合、指示を守るのではなく、指示に反しても、使用者の身を守る訓練です。

「河相さん、この道を直進すると大通りがあります。(中略)スタートしてください」

塩屋はそういうと離れました。河相の指示でチャンピイは車道へ歩きはじめました。と、その時、右側から猛スピードで走ってきた車が、急ブレーキをかけた。チャンピイが、その瞬間、後戻りをしました。車は河相さんとチャンピイの前で止まりました。

チャンピイは不服従の訓練も覚え、ついに河相さんのもとへ帰ります。それでも塩屋は、その後のチャンピイについて河相さんの相談を受け、自らそっとチャンピイと河相さんの歩く姿を確認するめに密かに見に行くこともあったそうです。盲学校教師となった河相さんとチャンピイは盲導犬への理解のない世の中で、大変だったといいます。当時としては犬が飲食店や公共交通機関を使うのは難しかったのです。

その語も愛犬学校を財団法人にする過程で、6人の訓練士が給与や労働環境について某新聞記者にそそのかされ、盲導犬用のハーネスをすべて持ち逃げすされるという裏切りにもあいます。さらに都や国の認可もおり、新しい施設を建設する予定地であった東京都東村山市では住民の反対運動にもあいます。「犬が来るとうるさい」「大勢の視覚障害者が来ると地価が下がる」というような理由のためだそうです。

やがて盲導犬がメディアで取り上げられ認知度が上がってくると、それまで至るところで禁止だったものも店内もOKになり、公共交通機関やタクシーもOKになりました。塩屋は盲導犬と人が、人犬一体のパートナーだとして新たに名を(財)アイメイト協会に改め、アメリカの盲導犬訓練施設「ザ・シーイング・アイ」とも友好協定し、現在にもつながる盲導犬の普及につながったとしています。

この本を知ったのは、少し前に放送されていたドラマだったと思います。

『ありがとう!チャンピイ 〜日本初の盲導犬誕生物語〜』

でも正直内容は多分に職員の裏切りなどやチャンピイの最後など
美談化されているんだなと分かりました。

記憶違いでなかったら、ドラマでは裏切った職員が再び戻ってくる設定ではなかったかなと??それとチャンピイは河相さんと歩いている途中、野犬に咬まれて死んでしまうという設定になってはいなかったかなと思います。

本書の感想としては、この塩屋さんのキャラクターがドラマの高嶋政伸さんにぴったりのような熱血漢で、細かいことにはこだわらない懐の大きい男性のような印象を受けました。ただその一面長年結核を患い九死に一生を得る経験もなさっています。チャンピイの訓練様子なども詳しくて当時としては苦労したと思いますが、本書はどちらかというと、チャンピイを一生懸命育てる塩屋さんの熱血さにスポットが当てられているようで、それくらいでなくては日本で最初の盲導犬を育成することはできないのかもしれないなと思ったくらいです。なんだか熱血や熱い男と書きましたが、文庫ですが当時のモノクロ写真も多く、動物ものの本としてはまた一風新しい本でした。

盲導犬−Wikipedia 
財団法人日本盲導犬協会

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posted by hermit at 07:09 | Comment(2) | 動物(本)

2009年10月23日

【動物本】戦火の中の動物そして現代の殺処分

最近山積みの本を整理する機会があったのですが、その中に過去に読んだいくつかの本が出てきたため、読み返すとなかなか興味深い懐かしい本がたくさんありました。その中でも個人的に興味深いのは動物ノンフィクションです。

動物を取り扱ったノンフィクションは数ありますが、その中でも今でも心に残るのは戦火の中の動物。戦争の中には置き去りにされて彷徨うペットもいれば、動物兵器と呼ばれるその名の通り戦争の道具あるいは武器として使用される動物もいました。

動物兵器『ウィキペディア(Wikipedia)』の項を読んでみると、古来インドやカルタゴの将軍ハンニバルが象を利用した歴史があり、第2次大戦時には対戦車犬『ウィキペディア(Wikipedia)』参照の項には、爆薬を背負った空腹の犬を敵戦車の前に放ち、戦車の下に潜り込んだところで起爆レバーが倒れ、敵戦車を破壊させるよう利用された犬がいたということです。

当ブログもそんな戦争の犠牲になった動物たちを取り上げたことがありました。ひとつは
イラクの首都バグダッド動物園を扱った「戦火のバグダッド動物園を救え」です。

戦火のバグダッド動物園を救え

当ブログで紹介した内容からその様子の部分を紹介します。


“バグダッド動物園も目を覆いたくなるような悲惨な状態でした。動物たちは見捨てられ、園内は荒れ放題になっていたのです。飼育員たちは強制的に追い出されていました。檻も壁も爆撃で穴があき、地面には不発弾が散らばっていました。

そして驚くべきことに、ライオンやクマといった猛獣や、空を飛べる鳥や、動きの素早いヒヒのような動物以外は、略奪者がさらって、食料にしたり、闇市に売ってしまったりしていたのです。

わずかに残った動物たちも、ずっと餌も水も与えられず餓死寸前で、檻の中も不潔きわまりない状態でした。中にはすでに死んでいるものもいました。

『ハエの大群が黒だかりをつくっていた。あまりの数に向こうが見通せない。ハエが群がっていたのは、肉食獣の餌として檻の中に投げ入れられ、食べつくされた動物の死骸だった。嘔吐しそうなほどの死と腐敗の悪臭が、汚れの雲となってあたりにたちこめていた。

ライオンたちがうつろな目でこちらを眺めていた。頭をもたげるのがやっとというのもいる。注意深く観察したところ、アフリカライオンだった。

別の檻には希少なベンガルトラがいて、弱々しく歯をむき出した。鮮やかな縞模様が見事だったはずの被毛は、いまやあせた古糸のようにすりきれている。囲いの奥にも、陰にまぎれて若い雄のベンガルトラの姿があった。こちらも、さきほどのトラと同じく、やせこけていて無気力だった。

イラクに生息するヒグマもいた。飼育員によると、檻に押し入ってきた3人の略奪者を殺したらしい。このクマは、自然保護活動家が常同症と呼ぶ行動を繰り返していた。四方を壁に囲まれた檻の中を、まるで気が変になったかのように、ひたすら前後に行ったりきたりしている。もう1頭のクマは、おびえた子どものように隅にうずくまっていた。きっと信じられないほどの苦痛に押しつぶされそうになっているのだろう。

隣の檻でも、1頭のオオヤマネコが、ヒグマと同じような行動を繰り返していた。少し先の檻の中では、数頭のイラク原産のイノシシが、わずかに乾いた地面でみじめに身をよせあっていた。

すばしこくて略奪者に捕まらずにすんだヒヒやサルなどが、園内を自由に動きまわっていた。それ以外にも、フェネック1頭、オオヤマネコ1頭、様々な種類のイヌも確認できた。どの動物も骨と皮しかないほどにやせ衰えている。

同じく略奪者の手を逃れたオウムやハヤブサといった鳥たちが頭上を旋回している。飼育員は続いて、未使用の囲いを私たちに見せた。そこは動物園の新しい顔となるはずだった2頭の美しいキリンのために建てられた自慢の檻だった。動物の中でいちばん背が高く、ユーモラスな優雅さをたたえた動物、キリン。

だが、中はからだった。頑丈な鋳鉄の扉は、理性を失った略奪者たちによって蝶番を壊され、取り去られていた。運命の残酷ないたずらで、キリンたちがアフリカから到着したその日に戦争が始まった。彼らは大地を踏むことすらなかったという。

1頭のキリンが殺されて食べられたのは確実だった。もう1頭は、もしかしたらいまも、立つことも出来ないような狭い檻に閉じ込められて、闇市で売られるのを待っているのかもしれない。

飼育員が私たちを、チグリス川沿いにある人造湖に案内した。遊歩道沿いにある鳥小屋は無残に破壊されている。飼育員の話では、その中にいた鳥のほとんどが、まるでニワトリのように食べられてしまったという。アマゾンに生息するコンゴウインコも、ヨーロッパ原産のボタンインコも、アフリカのヨウムもすべて首を絞められ、どこかの鍋にいれられたのだ。』


この本はこのような惨状のバグダッド動物園を再建しようとする動物保護活動家の手記です。

そしてもう1冊は太平洋戦争中の動物に触れたノンフィクション
愛犬王 平岩米吉伝」です。

もう1冊のこの本には一生をイヌ科動物研究に尽くし、蚊を媒介して犬を死に至らしめるフィラリア病の研究にも寄与した平岩米吉の生涯について書かれた伝記です。

愛犬王 平岩米吉伝

平岩米吉が主幹となり当時珍しい動物の生態や観察等を主体とした雑誌、「動物文学」に戦時中の新聞から転載した動物について書かれた部分を、当ブログの記事から抜粋してみます。

「主を失った犬や鳥」
  何しろ戦場が街中なのだから、彼我封戦して築いた土嚢の近くまで
  避難の時置き忘れられ主を失ったセパード、エアデールテリア、
  さては鶏、鷹鳥が餌を求めてか命を的に戦ふ兵士に近づいて来る。
  (中略)敵の飛行機が来るごとにびくびくしながら
  わが戦士を慕っている姿はいじらしい。
  (上海−東日/「動物文学」昭和12年11月号掲載)


  「馬を捨てる」
  “どこまで続くぬかるみぞ”皇軍をもっとも悩ますのは
  北支特有の酷いぬかるみである。
  腹までドロに埋まってヒンヒンと四頭の軍馬が鳴いてゐた。
  行軍は一刻を争う場合だったので「馬を捨てろ」と隊長が怒鳴った。
  くつわをとってゐた兵は泣き顔をして馬の鼻先に四日分の馬糧を並べ
  「一度に食ってしまふンぢゃないぞ」と眼をこすった。
  その兵はもう四日もしたらドロも乾いて抜けられると考へたらしい。
  いくら馬でも四日もドロに浸ってゐたんでは助かる筈もなからう、
  がその兵は「まだ三日だからあすあたりは来るだらう」と
  ローソクの灯の下で指折り数えてゐるのだ。
  (北支−読売/「動物文学」昭和13年1月号掲載)


  「倒れる軍馬」
   馬ぐらゐ戦線で精根を御国のために捧げてゐる動物はゐない。
  元の飼主は馬が買はれて行く時せめて取扱者の名前だけでも
  教へてくれとせがみ、なかには人参や飼料を持って来て見送る
  ものがある。
  (中略)全く戦線の馬の病気は殆ど全部「過労」だ。
  今度の大進撃の戦線の路傍には傷つける馬が数知れず遺棄されてゐる。
  戦線を往来する人々はこの「物いわぬ戦士」の最後の姿に
  敬虔な気持ちに胸うたれる。
  飯塚部隊の中田獣医少尉は倒れた馬にリンゲル氏液を注射しながら
  「全くわれわれが殺してしまふやうなものさ。
  だが戦争には無理が多いものだから涙を呑んで彼等を使わねばならぬ。
  全く馬は可哀さうだ」としみじみと語った。
  (上海−東日/「動物文学」昭和13年2月号掲載)


というように、戦争では兵士や民間人はもちろん、まっさきに犠牲になるのは動物たちでした。そして現在でも先に紹介したバグダッドのように動物たちは兵器にこそ利用されなくとも、戦火の中では多大な被害を受けるのです。紹介した2冊ともに戦争でいかに動物たちが悲惨なめに会うのか戦火のバグダッド動物園を救えでも愛犬王平岩米吉伝でも読むのがつらいほど悲痛に感じられます。

戦後64年たち現在の日本ではどうでしょう。日本でもまたペット等の動物たちが殺処分によって犠牲になっています。その数は犬で年間約16万頭、猫は約24万頭に上ります。
ペットが今や物のように扱われる問題や現状などは多数の愛護団体が主張している通りですが、熊本市の積極的な動物愛護の取り組みは日本で脚光を浴びています。

九州読売−命の重さ説き犬の殺処分激減、熊本市動物愛護センターの取り組みは全国で脚光を浴びているのはご存知の通りです、現在では殺処分数が10分の1に減ったといいます。

以下抜粋
2004年にセンターに配属された久木田憲司所長(獣医師)が、動物愛護管理法で「所有者は終生飼育に努め、自治体は飼い主に必要な助言を行うこと」とされていることに着目したのが取り組みのきっかけ。市はそれまでも、動物を安易に遺棄しないよう啓発活動を行っていたが、ほとんど効果がなかった。そこで、法律を根拠に、「安易にセンターで引き取らない」という異例の方針を打ち出した。職員には、飼い主に大きな声を出してでも、すぐには引き取らないような対応を求めた。

これには反対意見も多数ありましたが市は取り組みをやめずに続けた結果、10分の1に減らすことができたといいます。

以下も抜粋
取り組みの結果、持ち込みが激減し、97年度に946匹だった殺処分数は、07年度には78匹にまで減った。「安易に動物の命を考えないでほしかった。成果は出ている」と久木田所長は胸を張る。

 やむを得ず引き取った犬の譲渡方法にも徹底してこだわっている。市は、市獣医師会、愛護団体などでつくる協議会と協力して月に1回のペースで譲渡会を開催。譲渡を受けようという人には、捨てられた犬がガス室で処分されるビデオを見せ、飼い主としての適否を判断するために面接を義務づけている。譲渡後の去勢、不妊を約束させ、一生育てるとの誓約書も出させる。「動物の幸せを考えると、簡単には譲り渡せない」と小山さんは力を込める。


戦争という争いの影で犠牲になる動物、そして平和な現代社会の中で人知れず殺処分される動物。いつの時代にも動物、特にペットとして愛好される動物ほど人間の犠牲になったものは数知れません。最後に平岩米吉の言葉を紹介します。

「地球の上には人間だけが住んでいるのではありません。また、人間だけで住んでいられるものでもありません。いろいろな生きものが、寄りあって、争ったり、助け合ったりしているなかに人間もいるのです。ですから、いろいろな生きものの生きる姿を、はっきり見きわめなければ、われわれの生き方も、生命というものの意味も、本当はわからない筈です。」
(「動物文学集」昭和三十年アルス・日本児童文庫)
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posted by hermit at 14:18 | Comment(0) | 動物(本)

2009年08月06日

人の心を持った犬〜最期の物語

雄大な日本平、そして自然豊かな有度山が目に浮かぶようです。この自然のなかで、太郎は生まれ育ち、優しさが育まれたのかもしれません。


この本は、前作「人の心を持った犬〜野犬・太郎と私の日本平物語」の太郎最後の日々が綴られています。

人の心を持った犬―野犬・太郎と私の日本平物語 (幻冬舎文庫)
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前作は、太郎の悲劇的な生い立ちと、著者である遠藤初江さんと太郎をめぐる周囲の冷たい対応が印象的でしたが、今回は、遠藤さんと太郎、そして2人(1人と1匹ではなく)をめぐる暖かい交流が描かれています。


前作でも書かれていた通り、太郎は何者かによって、殴打されたことがもとで死に至るのですが、太郎の最後の日々はまさに、人と犬とをこえたつながりを感じさせるものでした。


太郎の毅然として心優しい性格は、多くの人々を惹きつけ、2人のまわりには、決して多くはないですが、2人にとっては何者にもかえがたい出会いをもたらしました。


なにより、自分の身を削ってまでも太郎に愛情をそそいだ遠藤さんには、ただただ無償の愛、人と動物の垣根をこえた慈しみというものを感じさせてくれました。


悲しいかな太郎を死に至らしめたのも人間です。太郎にとって人間ほど罪深い生き物はなかったのかもしれません。


しかし、太郎を最後まで見捨てなかったのも人間です。最後まで人に心を許さなかった太郎が唯一心を許したのは、遠藤さんと数人の方々でした。


最後の太郎と、遠藤さんの状況は、読む者の涙を誘うほど、切なく悲しいものでした。ただひとつの救いは、太郎が唯一のより所とし心を許し、人間の優しさというものを初めて教えてくれた遠藤さんの胸の中で旅立ったことでしょう。


今はの際の太郎は、雄大な日本平とうっそうと茂る有度山で、仲間たちと共にすごした日々を思い描いて旅立ったといいます。


太郎のその悲劇的な一生のなかで、遠藤さんとの日々は太郎にとってかけがえのないものだったと思います。


そして、太郎という何者にもかえがたい家族を得た遠藤さんも、太郎と太郎を通して得た人々というかけがえのない遺産を得たのだと思います。


太郎のご冥福と共に、願わくば、露庵が再開されることを祈るばかりです。

人の心を持った犬―最期の物語
人の心を持った犬―最期の物語

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2009年01月03日

戦火のバグダッド動物園を救え

イラク戦争のときに壊滅状態となった首都バグダッドの動物園を救おうと、命がけで働いた南アフリカ人の著者と現地のイラク人の動物園飼育員、アメリカ兵、その他の様々な人たちの物語です。

著者のローレンス・アンソニーは、自分で作った南アフリカの自然保護区で、動物や環境を保護する活動をしています。アンソニーがバグダッドに入ったのは、フセインの銅像が倒された後で、フセイン政権は崩壊していましたが、街はまだ戦闘状態が続いていました。

武装したアメリカ兵がフセインの残党兵の攻撃に目を光らせ、戦車が道路を通り、爆音や銃声が常に聞こえてくるような命の危険を感じる恐ろしい状態です。

バグダッド動物園も目を覆いたくなるような悲惨な状態でした。動物たちは見捨てられ、園内は荒れ放題になっていたのです。飼育員たちは強制的に追い出されていました。檻も壁も爆撃で穴があき、地面には不発弾が散らばっていました。

そして驚くべきことに、ライオンやクマといった猛獣や、空を飛べる鳥や、動きの素早いヒヒのような動物以外は、略奪者がさらって、食料にしたり、闇市に売ってしまったりしていたのです。

わずかに残った動物たちも、ずっと餌も水も与えられず餓死寸前で、檻の中も不潔きわまりない状態でした。中にはすでに死んでいるものもいました。

『ハエの大群が黒だかりをつくっていた。あまりの数に向こうが見通せない。ハエが群がっていたのは、肉食獣の餌として檻の中に投げ入れられ、食べつくされた動物の死骸だった。嘔吐しそうなほどの死と腐敗の悪臭が、汚れの雲となってあたりにたちこめていた。

ライオンたちがうつろな目でこちらを眺めていた。頭をもたげるのがやっとというのもいる。注意深く観察したところ、アフリカライオンだった。

別の檻には希少なベンガルトラがいて、弱々しく歯をむき出した。鮮やかな縞模様が見事だったはずの被毛は、いまやあせた古糸のようにすりきれている。囲いの奥にも、陰にまぎれて若い雄のベンガルトラの姿があった。こちらも、さきほどのトラと同じく、やせこけていて無気力だった。

イラクに生息するヒグマもいた。飼育員によると、檻に押し入ってきた3人の略奪者を殺したらしい。このクマは、自然保護活動家が常同症と呼ぶ行動を繰り返していた。四方を壁に囲まれた檻の中を、まるで気が変になったかのように、ひたすら前後に行ったりきたりしている。もう1頭のクマは、おびえた子どものように隅にうずくまっていた。きっと信じられないほどの苦痛に押しつぶされそうになっているのだろう。

隣の檻でも、1頭のオオヤマネコが、ヒグマと同じような行動を繰り返していた。少し先の檻の中では、数頭のイラク原産のイノシシが、わずかに乾いた地面でみじめに身をよせあっていた。

すばしこくて略奪者に捕まらずにすんだヒヒやサルなどが、園内を自由に動きまわっていた。それ以外にも、フェネック1頭、オオヤマネコ1頭、様々な種類のイヌも確認できた。どの動物も骨と皮しかないほどにやせ衰えている。

同じく略奪者の手を逃れたオウムやハヤブサといった鳥たちが頭上を旋回している。飼育員は続いて、未使用の囲いを私たちに見せた。そこは動物園の新しい顔となるはずだった2頭の美しいキリンのために建てられた自慢の檻だった。動物の中でいちばん背が高く、ユーモラスな優雅さをたたえた動物、キリン。

だが、中はからだった。頑丈な鋳鉄の扉は、理性を失った略奪者たちによって蝶番を壊され、取り去られていた。運命の残酷ないたずらで、キリンたちがアフリカから到着したその日に戦争が始まった。彼らは大地を踏むことすらなかったという。

1頭のキリンが殺されて食べられたのは確実だった。もう1頭は、もしかしたらいまも、立つことも出来ないような狭い檻に閉じ込められて、闇市で売られるのを待っているのかもしれない。

飼育員が私たちを、チグリス川沿いにある人造湖に案内した。遊歩道沿いにある鳥小屋は無残に破壊されている。飼育員の話では、その中にいた鳥のほとんどが、まるでニワトリのように食べられてしまったという。アマゾンに生息するコンゴウインコも、ヨーロッパ原産のボタンインコも、アフリカのヨウムもすべて首を絞められ、どこかの鍋にいれられたのだ。』

このように銃弾飛び交いと略奪者が行き交うバグダッド動物園で著者は一から再建にのりだします。まず、飢えた動物達に水を与える。砂漠地帯の暑さは相当なもので、動物たちは、バケツいっぱいの水を1杯、2杯と信じられないほど飲んでいました。

しかし、働く飼育員の横を平気な顔でで略奪者たちは、動物園の物品を盗んでいきます。電気も水道もない動物園では、全てが手作業です。備品はもちろんのこと、鉄の檻や電線までが盗まれていた動物園。やっとのことで手に入れたバケツも数時間後には盗まれているという状態だったのです。

動物園はアメリカ軍の優先警備リストの中ではもっとも低い位置にあります。ですから、軍の警備など望めず、動物園はほとんど略奪者のなすがままになっていたのです。物資の問題はそれこそ大変で、最初は著者が手出しで動物の餌から飼育員たちの給与までまかなっていたのです。しかし、やがてこの動物園のことが世界中で話題となり、動物保護団体などからの援助が届くようになります。

しかし、何より著者を助けたのは、アメリカ兵の個人な善意だったでしょう。餌や食料が尽きて来た時には、自分たちの携帯食料を差し出し、時にはフセインの隠し食料を融通してくれたこともあります。さらに、手が空いたときには、個人的に警備してくれたこともありました。

著者は動物園再建に優先順位をつけ、一つずつ実行していきました。まずは動物たちの飲水に餌、そして動物の治療に衛生状態の改善・・・・。著者は率先して、死骸とフンの山で悪臭のただよう檻の中を掃除することから始めました。

動物園の再建と同時に行っていたこともあります。それはイラク国内において、虐げられていた動物たちや、フセインや息子ウダイが個人的に所有していた動物たちの保護です。全ての爪を剥ぎ取られたライオンや、略奪され闇市に売られようとしていた、アラブ馬の純血種などです。

またイラク各地の動物園と称した見世物小屋のようなところで、たくさんの動物たちが満足に餌も与えられず虐待されていました。そんな動物たち、クマの“ラストマン・スタンディング”など、保護することもできました。しかし、保護してもその日のうちに略奪されることもあり略奪者の問題は長く動物園を悩ませていました。さらに、動物が増えれば、それだけ餌から薬まで様々な費用や負担がかかります。

そこで著者は考えました。何としてもバグダッド動物園をアメリカ軍の優先度の上位にしなければならない。それはバグダッド動物園を動物保護の観点からよりも、イラクの復興のシンボルとして位置づけようというものです。

イラク戦争前、バグダッド動物園には、年間50万人。動物園の自然公園には100万人。なんと年間150万人の人が訪れ憩いの場としていたのです。これをアメリカ軍にアピールした結果、動物園はアメリカ軍と暫定政府にとって重要な地位を占めることになりました。

アメリカ軍は動物園にそれまでと比べられないほどの予算を与え、警備兵を配置し、工兵隊による再建ならび不発弾の処理も行われ、当時そのままとはいかないけれども見違えるように復興しました。

その間にもバグダッド動物園では、動物の処遇をめぐり動物保護団体と対立することもありましたが、ひとまず動物たちにとって危険な状態は脱したのです。再建した動物園を著者はこう書きます。

『私はトラのほうへ歩いていった。2頭とも健康だ。この2頭を生き延びさせるためにどれほど苦労したのかを思い出す。獣舎には広々とした屋外エリアができ、ライオンたちは1日のほとんどを、のんびり日光浴して過ごすか、私たちが取り付けた日よけネットの下で過ごした。

疥癬でぼさぼさだったラクダの毛は元通りに生えそろい、いまでは絨毯のように厚くなった。ダチョウの“暴走隊”は走りまわれる広いスペースをもらった。クマたちは幸せそうだ。斑点のせいで影に入るとほとんど見分けがつかないチーターたちは、満足そうに眠っている。

驚くほど動物の数が増えた。私が来た当初は、生き残っていたのは30匹程度だった。主に身を守るための鋭い爪か恐ろしい牙がある動物たちだ。いまではそういう動物のほかにも、いろいろいる。

キツネ、ジャッカル、アナグマ、ラクダ、オオカミ、オオヤマネコ、アカゲザル、イノシシ、ガゼル、ペリカン、ハクチョウ、アヒル、エジプトハゲワシ、ヤマアラシ、ハイエナ、ダチョウ、ワシ、チーター、動物園に最初からいたクマの“サエディ”と“サエディア”、そしてルナ・パークにいたイヌ。もちろん、ウダイのライオンたちと“ラストマン・スタンディング”、“ウィンディド・アス”もいる。』

そして2007年7月19日、修理改装されたアル・ザウラ・パークとバグダッド動物園は再開されました。

戦争の最も大きな犠牲は、武器を持たない一般市民です。同じようにこうした動物たちに対する被害も大きなものです。戦争そのものにおいても動物は、人間によって利用されてきました。古くは軍馬から、近代になると爆弾を背負わされ兵器としてなど、もちろん人に飼われていることで犠牲になることも多くあります。日本でも先の大戦では、上野動物園の象など、戦争の被害となった動物たちの話は有名です。

本書ではイラク戦争によって動物園の動物たちが被害にあいました。悲しいかな、戦争が始まると動物たちは放置され、それまでどれだけ自分たちに癒しをもたらしたのかも省みず、略奪によって食料や闇取引の対象としたのです。

さらにこの本で浮き彫りとなったのは、イラクのみならず中東における闇市の存在や、動物虐待の現状です。珍しい動物たちを密猟または密輸し、闇から闇に取引する。そして、コレクションや商売道具として集め、飽きたり使い物にならなくなると、捨ててしまう。

フセインの長男ウダイはよい例で、国民が貧困にあえぐのを横目に、贅沢三昧を繰り返し、世界中から珍しい動植物をその豪邸にコレクションし、戦争が始まるとすべて放置して逃げてしまっていました。著者がウダイの別荘で見たものは、檻の中で餓死したおびただしい動物の死骸でした。動物と同様、多数の無実の人たちを粛清し、女性を陵辱し続けた、サイコパスとも言われていた男ですから、動物のことなど気にもとめていなかったのでしょう。

一般市民と同じくこうした動物たちの被害は深刻であり、それはアラブ諸国が抱える根深い問題でもあるのです。しかし、唯一の救いは、こうした動物たちを少しでも救ったのも人間だったのです。

戦争や略奪の中で、同じように動物を救う人間たちもいたことは、読むものに希望を感じさせます。動物を虐げるのも人間なら、それを救うのも人間。自然界において人間とは、とても罪深い存在なのかもしれませんが、著者のような人々の活躍、そして世界中からの善意は、救いのない戦争においても、わずかな希望であったと思います。

人間に飼われた動物たちにとっては、それが戦争であっても平和な日本であっても、捨てられたり、虐待を受けるという意味ではなんの変わりもないと思います。人間のもとで生きている動物にとって、飼主の行動いかんが命を左右することは当然のことです。

人間にとって、それが戦争であっても、日本の一般的な家庭であっても、動物たちにとって、命がかかっているという意味では、基本的には同じなのだと思います。バグダッド動物園の受難も、日本で年間殺処分される40万頭のペットたちにとっても同じことなのです。自然界における人間、そして人間と動物との関係、戦争と動物について考えさせられる内容でした。


戦火のバグダッド動物園を救え―知恵と勇気の復興物語
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ひとりぼっちのジョージ〜最後のガラパゴスゾウガメからの伝言

ガラパゴス諸島にあるピンタ島固有の種である、ガラパゴスゾウガメの最後の1匹、ロンサム(ひとりぼっちの)・ジョージを通して環境保護、そして絶滅危惧種の動物たちについて書いた本です。

ロンサム(ひとりぼっちの)・ジョージとは、アメリカのコメディアン、家族にも仕事にもそっぽを向かれたキャラクター、ロンサム・ジョージから名づけられたもので、ひとりぼっちなのはもちろんのこと、メスに対してもほとんど興味を示さないこと、それに、80歳という壮年でありながら、超然としたそのたたずまいから名づけられたものです。

ロンサム・ジョージは、ガラパゴス諸島のサンタ・クルス島にあるチャールズ・ダーウィン研究所(CDRS)の中でも、最も観光客に人気のある動物です。

ロンサム・ジョージはなぜ、ひとりぼっちになってしまったのか?簡単にいえば、過去の乱獲につきます。

大航海時代、ガラパゴス諸島は中継地として利用されていました。そこで、船員たちは少ない食料を確保するために、ガラパゴスの動植物を乱獲し、それはガラパゴスゾウガメも例外ではありませんでした。

ガラパゴスゾウガメのメスは、オスより小さかったことと、肉が柔らかかったこと、そして美味しかったことにより乱獲されることとなります。

ダーウィンによって、ガラパゴス諸島が紹介されると、食料用というより、研究用として動植物が乱獲されることになります。多くのゾウガメは、剥製として、あるいは生きたまま研究用としてヨーロッパに送られることになるのです。

やがてガラパゴスの生態系の危機が叫ばれるようになると、保護されるようになりますが、今度は密漁に脅かされます。

密漁や乱獲だけではなく、船員たちは、食料用にとガラパゴスの島々にヤギを放し飼いにします。天敵のいないヤギは、瞬く間に繁殖し、ありとあらゆる植物、木の皮までも食べつくされ、さらにガラパゴスは危機的状況になります。

チャールズ・ダーウィンの「種の起源」によって、進化論の象徴的な島となったガラパゴス諸島。観光客の足の裏まで調べられるほど、管理体制は徹底しています。

しかし、いまだにガラパゴスは外来種の脅威にさらされています。多くがエクアドル本土から移住してきた住民の影響だといわれています。

住民たちは、主に漁業目的で移住してきた人たちでした。ガラパゴス諸島近海では、良質のナマコが獲れるのです。しかし、そのナマコ自体も乱獲すれば、生態系に多大な影響を及ぼします。

ここで、漁民たちと、チャールズ・ダーウィン研究所をはじめとする研究者たちとの対立が始まるのです。

生態系や環境保全よりも、今日食べる食料がない多くの漁民たちは、研究所前に集まり口々に「ロンサム・ジョージに死を!」とシュプレヒコールをあげます。研究者たちは、孤立無援の島で、必死に動物たちを守るしかすべがありませんでした。

やがて、漁民・観光業者・ナチュラリスト、ガイド(研究者)たちが、ひとつのテーブルにつき、漁獲量の制限、漁期の設定などを取り決めますが、ほとんど守られず、現在でも密漁は横行しているといいます。

さらに、敵対する漁民たちは、生き残った他の島のゾウガメを殺戮したり、駆逐したヤギを再び解き放つなどの妨害行動を行っているのです。

しかし、一概に彼らを責めるわけにはいきません。彼らの多くが貧困層であり、明日をもしれぬ生活をしているからです。そんな彼らの唯一の収入源はナマコ漁だったからです。

諸外国では、職業を変えることにより対立を回避したり、住民を雇用して観光業を発展させたという例もありますが、抜本的な解決にはなっていないのが現状です。

しかし、これはエクアドル政府の経済政策、また住民にたいする教育や啓蒙、そして彼らの商品を買う多くが先進国だということを忘れてはいけません。

ロンサム・ジョージに話を戻すと、現在、様々な繁殖方法がとられていますが、ほとんど功を奏さず、ジョージは前にも増して、孤独を愛するようになっているといいます。

ロンサム・ジョージの飼育スペースには、繁殖のため他の島のメスゾウガメ2匹がいますが、全く興味を示さず、近づくと威嚇するほどです。

人工授精やメスのDNAのクローンとの受精という案も出されましたが、ジョージは最後の1匹なので、体の負担が危惧され、他の方法も様々な問題があり、ピンタ島の純血種のガラパゴスゾウガメの繁殖は難しいだろうといわれています。

現在のガラパゴスの現状は、過去に犯した我々人間の過ちによって引き起こされ、それは現在でも続いています。

ガラパゴス固有の動植物は、世界にひとつとして同じものはありません。一つひとつの島がそれぞれ、独自の生態系を作り、それは、「種の起源」の通りに、進化というものの可能性をうかがい知ることができる、世界でも有数の島々です。

そのガラパゴスが、人間によって危機に瀕しようとしています。そして、そのガラパゴスを守るのも人間の責任です。

同時に、ガラパゴスで生きる人々と自然の共存は、ガラパゴスのみならず、こういった貴重な生態系の存続問題に対する大きな課題だといえるでしょう。

ロンサム・ジョージは“フラッグシップ”と呼ばれています。フラッグシップとは、自然保護の意識と行動を呼び起こすカリスマ性のある動物や植物のことです。

ロンサム・ジョージもまごうことのないフラッグシップです。チャールズ・ダーウィン研究所の、ロンサム・ジョージの飼育エリアに据えられた看板には、こう書かれています。

「この1頭の動物に何が起こるとしても、地球上のすべての生き物の運命は人間の手にあることを、彼がいつでも思いださせてくれることを願う」

またひとつ、この世界からゾウガメの種がなくなろうとしています。

ひとりぼっちのジョージ―最後のガラパゴスゾウガメからの伝言
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Henry Nicholls 佐藤 桂

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posted by hermit at 14:23 | Comment(0) | 動物(本)

2009年01月01日

マッサージ台のセイウチ グリエルモ先生の動物揉みほぐし診療記

《著  者》  アンソニー・グリエルモ 著
  ケアリー・リン 著 
 小野田和子 訳 

《出 版 社》  早川書房 (ISBN:4-15-208364-6)

      《価  格》  1,995円(税込)

      《著者紹介》
 
       アンソニー・グリエルモ

       ニューヨーク州のライセンスを受けた
       マッサージ・セラピストであり、数少ない
       プロの動物マッサージ療法士のひとりで、
       CNNを初めとするテレビ番組や新聞雑誌など、
       多くのマスコミの注目を浴びた。
       現在もロングアイランドで、動物はもちろん、
       人間の患者も相手に開業中。
       
  《目  次》

     馬のチャンプ―しつこい痛み
     イルカのシンディを助けたい
     セイウチのヌーカ
     イルカのタブとプレスリー―水族館のやんちゃ坊主
     マンボポイント―電気ウマたち
     キズものフェレット
     ペンギンのルーディ
     各犬各様マッサージ
     猫のミッキー、陥落する
     シロイルカの舌を掻く
     イルカ・マッサージ・マラソン
     イルカのシンディを助けたい2
     セイウチのワンダ、切羽つまる
     ウサギのスナッグルス、跳ねる
     初のサメ・マッサージ成功例
     (ご家庭では絶対に真似しないでください)
     カメのどこにタオルをかける?

あまりの気持ち良さに鼻を鳴らすセイウチ。
 マッサージしてほしさに寄ってくるペンギン。
 15分ごとの順番に並ぶイルカ。
 連敗中だった競走馬がとたんに連勝街道まっしぐら。
 これは本当のことです。


 グリエルモ先生はニューヨーク・ロングアイランドで
 人間相手のマッサージを行っている普通のマッサージ診療士です。


 ところが、ある患者さんの強い希望で馬のマッサージを頼まれます。
 子供の頃に一度乗ったっきりのグリエルモ先生は、気の乗らないなか
その馬と“運命の出会い”をはたします。
チャンプと名づけられたその馬は、虐待をうけ心と体に深い傷を負った
  悲しい過去を持つ馬でした。


 チャンプは前の飼主から今の飼主へ引き取られた現在でも、
 その優しい性格とは裏腹に体を触るとおびえる仕草を見せ、
 飼主の手厚い世話にも悲しげに振舞うのです。


 そのけなげな馬に心を痛めたグリエルモ先生は、
 一転心を決め馬専門のマッサージ資格を取得し、
 チャンプのマッサージに挑みます。


 はじめは抵抗するチャンプでしたが、
 グリエルモ先生の辛抱強いマッサージは今まで酷使されてきた
 チャンプの体を 徐々に癒し最終的には飼主にも見せたことがないほど
 グリエルモ先生に甘えてなつくほどに心を開いてくれるようになりました。


 動物マッサージは動物に激しく拒絶されることもありましたが、
 逆に心身に痛みを抱えた動物たちが癒され、
 それまでとは見違えるほど回復していく姿は、
 グリエルモ先生にやりがいを感じさせます。


 グリエルモ先生はかねてからの念願だったイルカのマッサージのため、
 イルカの保護施設で一匹のイルカ、シンディーと出会います。
 シンディーは背がぐるっと曲がり、わき腹にはシワが寄り、
 人をあまり寄せつけず日に日に弱っているイルカでした。


 初めての重症のイルカになすすべのないグリエルモ先生は、
 いつか必ず治すことを決意し様々な悩める動物たちのもとへ赴くのです。


 ヌーカは感染症から200本以上の注射を打たれ、
 食欲不振と運動不足から腰が曲がり泳げなくなったメスのセイウチです。
 グリエルモ先生の診療スタイルは、 まずマッサージする動物の解剖図を
 頭に入れます。


 そして動物が痛がるマッサージは絶対しません。
 マッサージとはリラックスし、痛みをやわらげ
 癒していくという考えがあるからです。


 ヌーカの厚い皮膚からのマッサージは次第に功を奏し効果が現れてきました。
 ヌーカは全身の力を抜き、あまりの気持ちよさに鼻を鳴らすほどになり、
 最終的には食欲も回復し仲間と楽しそうに泳ぐほどになりました。


 マンボポイントは、いわゆる実力はあるのに勝てない馬でした。
 最後に勝ってから4ヶ月間、勝つどころか入賞もあるいは
 出走自体できない状態でした。


 グリエルモ先生の見立てでは相次ぐレースに心労が溜まり、
 体中の筋肉が萎縮しているというものでした。


 しかし次のレースは3週間後。時間はありません。
 グリエルモ先生はチャンプ同様、マンボをリラックスさせながら
 マッサージを慎重に続けました。


 グリエルモ先生のマッサージに、次第にマンボはウットリするしぐさを見せ
 リラックスできるようになります。


 3週間後、マンボはグリエルモ先生の期待どおりの活躍をしますが、
 惜しくも1着は逃します。しかし堂々の2着という
 めざましい結果を残しました。


 それからというもの、マンボは順調に勝ち続けます。
 全レースを勝つというわけにはいきませんでしたが、
 マンボはそれまでとは異なり、全力をレースに傾けられる
 素晴らしい競走馬になりました。


 ルーディーは生まれたばかりのペンギンの子です。
 ルーディーは生まれつき脊椎後湾(せきついこうわん)という、
 背中が曲がった状態で生まれたのです。


 元気がなく食事も食べにくそうなルーディーは、
 仲間とも打ち解けられない一人ぼっちのペンギンとなっていました。


 グリエルモ先生は弱々しいルーディーに、
 やさしく慎重にマッサージを繰り返します。


 最初は警戒したルーディーは次第にうっとりしたように、
 グリエルモ先生のマッサージに身をゆだねていきました。


 やがてすっかりお気に入りとなったルーディーは、
 動物園でグリエルモ先生を見つけると、
 チョコチョコと一生懸命駆けよってくるほどになります。


 脊椎後湾は完全には治りませんでしたが。
 今では普通に群で暮らせるようになりました。


 そしていよいよイルカのシンディーです。
 シンディーを診察するにあたって、数々のイルカをマッサージし
 十分に経験は積みました。


 ついにシンディーを救うときがきたのです。
 グリエルモ先生は今までの経験のすべてを使って
 シンディーの体全体をマッサージします。


 シンディーもなれてくると口先をつついて
 マッサージを求める仕草をするほどになりました。


 シンディーの診療後も、スタッフからのマッサージで
 シンディーは食事ができるようになり、
 スムーズにだいぶ泳げるようになりました。
 そして仲間とも楽しそうに遊ぶことができるようになります。


 しかし、マッサージには限界があります。
 ルーディーの背中は多少良くなったとはいえ、
 完全に回復とはいきませんでした。


 しかし、ルーディーは今までとは明らかに違い
 幸せそうな日々を送っています。


 グリエルモ先生は、ルーディーの痛みをやわらげる手助けができたことで
 心から満足することができました。


 その後もグリエルモ先生は、人嫌い猫をマッサージで手なづけ、
 ペットショップで関節の外れたフェレットを治して店員を驚かせたり、
 サメの鮫肌に手の皮を擦りむきながら必死にマッサージしたり、
 グリエルモ先生の動物マッサージは現在でも続いているそうです。


 それにしても動物がリラックスし、
 あまりの心地よさに全身を使って喜ぶさまは、
 読んでいても微笑ましいものがあります。


 アメリカではグリエルモ先生の動物マッサージを批判する人もいますが、
 もちろんマッサージは獣医の付き添いのもとに行われます。


 グリエルモ先生に言わせれば、ほとんどの動物の構造は
 人間に近いものだといいます。


 人間に行うようにマッサージをすれば大抵の動物は、
 うっとりしてグリエルモ先生の虜になってしまうのです。


 動物マッサージはこれからますます必要になってくると
 グリエルモ先生はいいます。


 人間に良いものが動物に悪いわけがない。
 動物は人間と違い、痛みやつらさを口には出しません。
 それだけに、なお動物マッサージは重要だというのです。


 最近の動物愛護運動はますます盛んになり、
動物園での動物の病気は格好の抗議の材料になります。


 ですから、グリエルモ先生のもとには診療したことを
 ふせていてほしいという動物園も少なくありません。


 動物愛護団体の行動は時としてちぐはぐな行為となるときがあります。
 ある団体は、水族館のイルカを捕獲し海へ放します。
 しかし、野生での生きるすべを失ったイルカは、
 しばらくたったのち瀕死の状態で保護されたことがありました。


 そんな動物保護団体に戦々恐々とする動物園や水族館は、
 動物たちの病気を隠したがるのです。
 

 動物マッサージはそんな動物園や水族館の、
 代替診療として注目を集めています。


 グリエルモ先生は17種、100以上の動物をマッサージしてきて、
 その効果は実証ずみです。


 グリエルモ先生の動物マッサージはこれからも続きます。
 この治療法がもっと世界に広がり、
 病める動物達の救いの手となることを祈るばかりです。  

マッサージ台のセイウチ―グリエルモ先生の動物揉みほぐし診療記
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Anthony Guglielmo Cari Lynn 小野田 和子

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2008年12月09日

星になったチロ 犬の天文台長

      《著者紹介》

       1941年、山口市に生まれる。多摩美術大学デザイン科を
       卒業ののち、星仲間たちと共同で星空の美しい那須高原に
       白河天体観測所を、また南半球のオーストラリアに
       チロ天文台をつくり、天体写真の撮影などにうちこむ。
       天体写真の分野では、国際的に広く知られている。
              

    《目  次》
       
       星とわたし
       チロとの出会い
       チロは天文台長さん
       チロ天文台長と星仲間たち
       チロ団長の隕石さがし
       チロのひらいた星まつり
       星になったチロ

      〈内容と感想〉
  
  犬派か猫派かと問われれば、僕は文句なしに犬派です。


  犬は他のペットとは違って飼い主が愛情をそそげばそそぐほど、  
  それに答えてくれます。
  多くの文学作品や愛犬の様子をつづった本が多いのも
  それを物語っているように思えます。


  今回紹介する本も多くの人から愛され、
  人と犬との絆を感じさせる実在の犬の話です。


  ひょんなことからメスの北海道犬チロを
  飼うことになった著者は、大の天文ファン。


  東京の空には星が少ないことに気づき、
  星仲間と自由に楽しく天文観察ができるよう、
  那須高原に手作りの白河天体観測所を建設します。


  著者と一緒に天体観察を行っているチロは
  星仲間全員の推薦で天文台長となりました。


  チロはとても賢く、著者の言うことにもよく従い、
  その愛らしい人柄(犬柄??)と天文台長らしい、
  貫禄のある性格が星仲間と天文ファンの間で
  とても可愛がられていました。


  チロは星仲間と天体観察をしたり、
  野外で観察をする際の道案内や
  ある時には熊を追い払ったりと、
  ”つきいぬ“と呼ばれるとおり、
  星仲間と天文ファンの間では
  無くてはならない存在となっていくのです。


  会津若松市に隕石が落ちた際には
  チロが隕石捜索団長として300人の
  星仲間を率いて山を捜索しました。


  残念なことに隕石が見つかることは
  無かったのですが、なんと村に伝わる2つの大事な石が、
  その後隕石だったという大発見をします。


  そしてチロの呼びかけにより、
  高原に招待席を設け星空を多くの天文ファンと観察する、
  「星空への招待」というイベントが好評となり、
  その後も毎年、夏休みに続けられています。


  ちなみに第1回では白鳥座のデネブに隣接する
  新生を発見するという嬉しいオマケもついていました。


  チロはその愛くるしい姿そのままに、
  人と人、人と動物の絆を結びつけ、
  そして多くの星仲間や天文ファンの愛情を受けながら
  12年というその生涯を終え星が好きだったチロは
  満月の夜、星になりました。


  その後チロへの多くの親しみや愛情は基金をもとに
  「星のチロ賞」が誕生し、
  天文学に貢献した人たちを表彰する賞となりました。


  それに「チロ天文台」の名前が星に名づけられ
  夜空にはいつまでもチロの星が輝いています。


  この本では生前のチロの生き生きとした姿や
  星に魅せられた数多くの星仲間や天文ファンの様子が
  生き生きと描かれています。


  本を飾っているたくさんの写真は
  いかにチロが人々に愛され、
  そしてたくさんの想い出をのこしたのかがうかがえます。


  久しぶりにさわやかな読後感でした。

星になったチロ―犬の天文台長 (ポプラポケット文庫)
藤井 旭

4591093425

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posted by hermit at 17:25 | Comment(0) | 動物(本)
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